第7話 陰謀と鬼

 砦は焼け落ちたが、鬼頭衆の蔵は半焼程度で済んでいた。

 蔵の中には頑丈な木箱が山と積まれていた。猿山がさっそく箱を開けてみると、中には金銀財宝がぎっしりと詰まっていた。

「ほう! こりゃあすげえや!」

 犬山や雉川も目を瞠っている。

「こんだけありゃあ、一生遊んで暮らせるぜ」

 桃太郎が蔵の中を見て回ると、文の束が目に入った。表書きにはまだ新しい墨跡で「阿片輸送船の覚書」とある。

「阿片だと」

 思わず文をあらためる。中には阿片取引に使われている船の名前や航路が細かく書かれていた。

「なんだこれは」

「どうかしましたか」

 雉川は桃太郎の背後から近づき脇腹に思いきり刀を突きたてた。

「何をする、雉川!」

「あなたが先にこれを見つけなければ見逃すつもりでした。すみません」雉川はえぐるように刀をさらに突き入れる。

「貴様、何者だ」崩れ落ちながら桃太郎が問う。

「最後ですからお教えしましょう。私は実は幕府筋の者です。あなたが親の仇と思っていた鬼頭衆は、阿片の輸送船を襲う連中でしてな。憂国の士とでも思っていたのか。それが少々邪魔だったというわけで。かといって表立って動くわけにもいかず。誰か討伐に行く者がないかと探しておったという次第」

「貴様、最初から騙しておったのか」

「貴殿に私を紹介したあの名士も我々の仲間でしてね。なかなかの演技だった」雉川は鼻で笑う。

「それでは、俺の両親を殺したのはお前たちか!」

「いえ、私は直接手を下してはいません」

「おのれ、人面獣め! あのお守りもお前たちのものだったか」

「お守りですか。何のことやら」

「嘘をつけ!」桃太郎は雉川に掴みかかろうとする。

「さすが桃太郎殿。なかなかしぶといですな」雉川は桃太郎の肩口を蹴りつける。桃太郎はよろめきながら片膝をついた。ボトボトとおびただしい量の血を流しながら、手にはしっかりとお守りが握られている。

「許さん! 許さんぞ!」歯と歯の間から血が滲むような低い声で呻くと、桃太郎の手の中から光が漏れだした。次の瞬間、放射する数百の光線となって回転しながらうねりだす。

「ん? なんだこの光は」雉川は思わず目を覆う。

「うおおおおぉぉぉぉぉ!」

 桃太郎が獣のような咆哮を上げると、全身からさらに黄金色の光が放たれる。

 声を聞きつけた犬神、猿山が駆けつけてきた。

「これは一体どうしたってんだ」

 徐々に弱まっていく真白の光の中から姿を現したのは、身長二メートルを超える巨大な影。全身は真っ赤に染まり、頭には二本の角、眼は薄青く光を放っている。口からは蒸気のような煙を吐き上げ、筋肉は異様に盛り上がっていた。

「桃太郎さん……ですか?」犬神がおずおずと尋ねると、眼だけがギロリと光り、返事はない。

 逃げようと後ずさった雉川に、鬼はものすごい速さで掴みかかり片手で頭蓋骨を西瓜のように潰してしまった。鮮血が弾け飛ぶ。

 幕府の間者のあっけない最期だった。

「ひいいい」犬神と猿山は悲鳴を上げて逃げていった。

 後にはポトポトと血の滴る音だけが残った。


 鬼頭衆は壊滅したが、桃太郎たちの鬼頭衆討伐隊も相打ちになったとの噂だった。

 鬼頭衆は海賊の汚名を着せられたまま、歴史に葬られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る