第8話 鬼の里

 桃太郎は小高い丘の上からのどかな山々を眺めていた。緑の濃い森が澄み渡る空の色と美しいコントラストをなしていた。一声鳴いて山鳥が飛び立っていった。

 隣には桃太郎よりも少し背の高い男が穏やかに立っていた。

「未練はないのか」背の高い男が桃太郎に問う。

「ないと言ったら嘘になる。だが俺の居場所はなかろうな」

 桃太郎の頭には角が二本生えていた。

 背の高い男の頭には一本の角が生えていた。

「お前の両親を助けられなかった。すまないことをした」

「あんたのせいじゃない」景色を遠く眺めながら桃太郎が答える。

「人間を憎むな」背の高い男が静かに言う。

「分かっている」

「鬼頭衆のような者たちもいる」

「そうだな」

 桃太郎は空を見上げた。雲の少ない深い青が清々しい。

 手を開いて血で汚れたお守りを見る。

 しばらく眺めた後、思いきり力を込めてギュッと握りつぶす。

 手を開くと粉々になったお守りが、風に乗って舞った。軽やかに踊るように。

 桃太郎はしばらくその風を目で追った後、手をパンパンと強く払った。

 その表情は心なしか晴れやかに見えた。

 意を決したように踵を返す。

 背の高い男もしばらく空を眺めた後、桃太郎の後を追っていった。



 (了)

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桃太郎異聞録 霧江空論 @iritomo1990

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