第6話 奇襲!鬼ヶ島
「火事だ!」とどなり声が聞こえてきた。猿山の声だ。首尾よく火を放ったようだ。
正門が開くと、あわてふためいた鬼頭衆が飛び出してきた。かと思うと、悲鳴と共に門の前に掘られた大きな落とし穴に次々と落ちていく。落とし穴の底には蛇やサソリなどの毒虫がひしめいており、落ちた者たちを餌食にしてしまう。
「その調子だ犬神!」一人高台から扇子をふるう雉川は、自分のことを諸葛亮とでも思っているらしい。
落とし穴がいっぱいになると、乗り越えて逃げ出そうとする鬼頭衆が出てきた。
「逃がさないぜ」
犬神の前に据えてあるレバーのような道具を押し込むと、門の前で大爆発が起こった。黒い煙の中から人間の腕や足が雨のように降ってくる。
「鬼の血も赤いんじゃな」と犬神が哄笑しながら、次のレバーを押し込んだ。
火矢を放ちながら砦を突き進む猿山。
「火事だぞ! あぶねえぞ! みんな逃げろ逃げろ!」
矢がなくなると火打石を打ちながら砦内を次々に火をつけて回る。
そこへ突然、身の丈二メートル以上もありそうな大男が立ちはだかった。頭に大きな角のついた真っ赤な兜をかぶっている。
「おっと」
思わず逃げ出そうとした猿山の首根っこを引っ掴んで「貴様、何やつだ」と吊り上げた。
「あら? 厠はこちらじゃなかったですかい」と愛想笑いをするが、大男は猿山の腹を思いきり殴りつけた。
「うぐっ」
猿山は体をくの字に曲げながら呻く。
「何者だと聞いている」大男は猿山の首から手を放さずにふたたび訊いた。
さすがの猿山もごまかしは通用しないと思ったか「鬼頭衆討伐隊だ」と素直に答えた。
「ふん」大男は興味を失ったように猿山を投げ捨てた。壁に体ごとしたたかに打ち付けた猿山はそのまま気を失ってしまった。
火の手は上がり続け、砦は半焼している。
炎の中から、焼け焦げた幟旗を掲げた男が現れた。
「桃太郎、見参」
刀を鞘から抜き放ち、大きく上段に構えた。
「お前が桃太郎か」
大男は黒鉄でできたこん棒のような武器をドスンと音をたてて床に突いた。炎が大男の横顔を照らす。
「わが両親の恨み、ここで晴らす」
桃太郎が先に間合いを詰めた。
大男もこん棒を持ち上げる。こん棒はかなりの重量がありそうだったが、大男はすばやく振り回した。
こん棒をかわした桃太郎の刀が閃く。
切っ先は大男の胸元に届いたが浅い。大男の動きは素早かった。
すぐに大男のこん棒が桃太郎の頭めがけて振り下ろされる。
しかし、大男の動きが一瞬止まった。犬神が大男の太ももにしがみついて歯を立てている。脚を食いちぎらんばかりの形相だ。
「桃太郎、今だ!」大男は犬神の顔面を殴りつけた。そしてそのまま脚ごと壁に打ち付ける。犬神は意識を失って、崩れ落ちた。
一瞬の隙をついて地を蹴った桃太郎。
「犬神! すまぬ!」
体を低く中段から横に構えて踏み込む。
大男もこん棒を振りかぶった。
――遅い!
桃太郎が刀を翻すと、しっかりとした手ごたえがあった。
大男がこん棒を取り落として膝をつく。腹を押さえた指の間から鮮血があふれ出す。
桃太郎は刀の切っ先を大男に突き付けて尋ねた。
「なぜ俺の両親を襲った?」
痛みに顔を歪めつつも大男は微笑んだ。
「何の話だ」
「貴様、この期に及んで」
桃太郎は懐からあのお守りを取り出した。
「これに見覚えがあるだろう」
「一ツ鬼神社御守」と書かれたそれを見せると、大男は目を見開いた。
「それは!」
「知っているんだな」
「それは……」
「言え!」
「そのお守りは……」と口を開いたとき、スパンッと大男の首が撥ねられた。首は何かを言いかけたまま足元にゴトリと転がった。首なしの胴体が血の雨を降らせながらばたりと倒れた。
背後に立っていたのは雉川だった。大振りの刀を握っていた。
「雉川、なぜ殺した!」桃太郎は激して問うた。
「桃太郎殿を助けたい一心で」雉川は怯えながら土下座した。額を床に擦り付けるようにして詫びる。
桃太郎と大男が対峙していれば、敵を倒そうとするのは自然かもしれない。
「……そうか」やっとのことでそれだけ言うと、桃太郎は肩を落とし刀を鞘に戻した。
復讐は成し遂げた。しかし、大男はお守りのことを知らなかった。それは桃太郎の心にわずかな翳を残した。
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