桃太郎異聞録

霧江空論

第1話 襲 撃

 その日も桃太郎は山へ出かけ、籠一杯の山菜とともに帰ってきた。

「桃太郎、帰りました」

 いつもはばあさんが優しく「おかえり」と声をかけてくれるのに、今日は誰の返事もない。

 桃太郎は、嫌な気配を感じた。

 家の中を探す。狭い家はさっと見回すだけで誰もいないことが分かった。

 外に出る。大声で家の周りに呼びかけるが、返事はない。

 裏の畑に回ろうとすると、なにやら妙なにおいがする。

 畑に出ると争ったような足跡がたくさんついていた。

 足跡の先に誰か倒れている。急いで駆け寄る。

「お父さん、お母さん!」

 倒れていたのはじいさんとばあさんだった。

 二人とも腹のあたりが血で真っ赤に染まっていた。

「どうしたんですか!」

 うすく目を開いたじいさんが「おお……桃太郎か。ここは危ない。早く……逃げなさい」と力なく答えた。

「すぐに医者を呼んできます」と立とうとすると、

「待て。私はもう手遅れだろう。ばあさんも死んでしまった。死ぬ前に、お前に話しておきたいことがある」

 じいさんは、桃太郎が自分の本当の子供ではないことを絞りだすように告白した。

「そんな……。でも私の親はあなたがたしかいません! 気をしっかり持ってください」

 涙ながらに訴える桃太郎を見て、おじいさんは涙を一筋こぼした。

「今まで黙っていてすまなかった。許してくれ」

 じいさんはか弱くつぶやくとそのまま目を閉じてしまった。

「お父さん!」

 桃太郎はじいさんの体を抱いて、涙を流した。

 次第に力が抜けていくじいさんの体を、落とすまいと力強くかき抱き、その眼は怒りの炎に燃えていた。食いしばった歯の間から血が滲みだすほどであった。

「誰がこんなことを!」

 ふと見るとじいさんの手に、見たこともない紫色のお守りが握られている。そこには「一ツ鬼神社御守」と縫い付けてあった。こんなお守りは見たことがない。なぜこんなものをじいさんは持っていたのか。

「許さん、許さんぞ」

 突き上げるような怒りに体を震わせながら、桃太郎はお守りを握りしめた。

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