第3話 犬

 いくら体格の良い桃太郎といっても相手は海賊団だ。一人で立ち向かうには無謀が過ぎる。

 桃太郎は仲間を募ることにした。

 町の目立つところに「鬼頭衆討伐隊 募集」と黒々と書き上げた看板を立てた。鬼頭衆が何の罪もない自分の父と母を殺したこと、役場に訴えても聞いてくれなかったこと、同じように憤ってくれる同志を募り仇討ちをしたいとたぎる思いを書いた。

 桃太郎が看板の見える茶屋で様子をうかがっていると、細身の男が看板の前で立ち止まった。

 身なりはみすぼらしいが、腕や脚の筋肉は見事に引き締まっており、眼光も鋭い。何か心得のあるような雰囲気である。

 男は看板の文字が読めるようではあるものの、何かを思案して顎を押さえている。

「鬼頭衆を倒しに行こうではないか」と桃太郎が声をかけると、振り返った男の口元にはうっすらと笑みが浮かんだ。

「あんたか、この看板を立てたのは」男は桃太郎を試すように全身を眺める。

「いかにも。私は桃太郎と申す者。鬼頭衆には一方ならぬ恨みがある。どうだ? 共に行かんか?」

「ふうむ。俺も鬼頭衆は気に食わねえとは思っている」

「おお、そうか!」

「ただ……」

「なんだ」

「俺も金持ちじゃねえ。仕事ができないんじゃあ食ってけない」

「なるほどな。よし、お前にこれをやろう」

 桃太郎は腰の袋から飴玉ほどの黄金の玉を差し出した。一点の曇りなく磨かれており、この世のものとは思えないような不思議な光を放っている。

「ほう、こりゃすげえ! 金か、これは」男は目を丸くしている。

「俺にも分からんが両親の形見だ。ついてくるならお前にやろう」

「なかなか胆の据わったお方だ。よし、決めた。あんたについていこう。その代わり、鬼頭衆討伐の暁にはその玉をもらうぜ」

「今取ってもいいんだぞ」

「いいや、それじゃあ俺の気が済まねえ。かならず鬼頭衆をぶっつぶそうじゃないか」と屈託なく笑った。

 桃太郎は男の笑顔につられて、大きな声で笑った。

「俺は犬神次郎だ。足の速さは誰にも負けねえ」

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