Day6
彼女と僕は一心胴体だ。警察が動き出したときには彼女は十数メートルの高さまで育っていた。黒い髪。ああ、美しい。なだらかな腰つきと、豊満な胸と腰から生えているほどよい肉づきの腿の曲線美。彼女が緑の姿になった今でも僕には判別がつく。あの太い幹は肩。蔓は髪と指だ。彼女の蒼い瞳を思い出す。青いリンドウの花。それらは彼女の顔だ。
「住民のみなさんはただちに避難して下さい!」
馬鹿を言うな。僕は見届けなければならない! 彼女は大股でビル二つに根を下ろす。彼女の足が貫通したビルの窓は割れ、瓦礫が降ってくる。あろうことか警察官はピストルで彼女の足である灰色の根を撃った。当たったらどうするんだ! 彼女の足の冷たさを思い出す。
逃げ惑う人々。僕はその波に逆らって彼女を追い続ける。彼女の成長は止まらない。どんどん美しくなる。空よりも青くなる。今となっては緑の表皮だが、その素肌を僕は思い起こして身もだえする。もう僕の手には負えない。美香はきっと僕が小さくなったと思っているのだろう。だから、美香には僕の声が届かない。だけど、僕は追い続ける。
ヘリや自衛隊がやってきた。守らないと! 彼女を守らないと!
ビルの屋上に駆け上がる。少しでも彼女の視界に入らなければ。攻撃態勢のミサイルを積んだ戦闘機が見える。え? 美香はなにも悪くない!
僕は両手を振って呼びかける。
「彼女は撃つな! 彼女は生きてるんだ! 美香は、美香はリンドウになって生きてるんだよ!」
僕の声は爆撃音で掻き消された。白煙。炎が上がる。美香は長い胴体をよじる。ああ、あの美しい肌が燃えている!
曇天を貫く彼女の悲鳴。あれは紛れもなく彼女の肉声だ。僕には何度も語りかけて来たあの甘く優しい声が、慟哭に変わる。ああ、どうしてこんなことに!
彼女は灰となって僕の頭上から降り注ぐ。ビルの屋上で僕は彼女に手を伸ばす。届くわけはない。彼女の黒髪は乱れ、艶やかな肌は赤黒く腫れあがっている。真っ青な唇が揺れている。あんまりだ。これではまるであの地獄の日と同じではないか。
最期の轟音はいつまでも僕の鼓膜を震わせた。終わりだ。何一つ守れなかった! 僕は最期まで君といたかった。ただ君の傍にいたかった。僕が君の傍にいられなくてどうする!
「――爆破しました」
ビル群を覆う黒煙。大型街頭テレビがそう告げる。降りやまない火の粉が僕の頬を焼く。熱いなんて思わない。彼女はもっと苦しんだ。僕はビルの屋上で座り込む。ヘリの音が近づいきた。勝利を確信し、喜び勇んで飛んでくる。この世に奇跡なんて起こりえないのだろうか。なあ、美香。僕をもう一度許してくれるか?
焼けただれていく彼女。もう息はないだろう。だけど、僕は彼女を見届けなければならない。手のひらで少しでも彼女を受け止めよう。冬空から彼女の灰が降り積もる。
灰空のリンドウ 影津 @getawake
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