Day5

 彼女は、美香はリンドウだ。彼女はリンドウになって生きている! 部屋を覆いつくしたほかのリンドウには用がなくなった。僕は美香以外のリンドウを焼き殺した。ライターで焼いて、植木鉢ごと捨てた。全部灰にした。プランターは全部砕いて捨ててしまう。


 リンドウは美香である一輪だけになった。だが、その一輪は仏壇を蔓で飲み込んだ。美香に仏壇を支配される。それに、僕の流木アートも蔓に浸食されている。僕の流木アートをなんとそのリンドウは包み込んでしまう。ごりごりと僕の作品は破壊された。美香と一緒に拾ってきた流木。だけど、彼女がそう望むのなら、これは小さな代償だ。僕は美香と再び出会えたのだから! 


 そうだよな。僕の作品なんかこうして粉々になればただの塵だ! 美香の命に比べるととても安っぽい。僕が流木で細工をしている間、君は病に苦しんだ。僕が流木を削っている間に君は、身を削られる想いをして入退院を繰り返した。


 美香であるリンドウは根を生やして僕の部屋を這いまわった。食器棚はとっくになくなっていたので、台に乗せただけの食器類を彼女は蔓と葉で覆っていく。彼女が食器を砕く度に僕は打ち震える。彼女が生まれた。僕のものすべて捧げて、それで彼女が満足するのならなんでも捧げる。


「なあ、美香。ほかに何が欲しい?」


 彼女は大きくどんどん成長している。茎の太さも大木のように伸びてくる。部屋の電気が彼女の頭とぶつかる。ああ、彼女の頭は花だけど。顔かな。彼女の肩は艶めかしい深緑。彼女の指は僕の首を一捻りできるほど、太くて長くなる。リンドウの原型をとどめていないその植物はどんどん、膨張する。僕の家を内側から圧迫する。僕は彼女に抱き留められる。僕も彼女を抱き返す。彼女の長い髪。


 いや、蔓なんだけど、僕には黒く美しい髪に見える。撫でると僕の髪も撫でてくれる。彼女の指に噛みつくと、彼女は僕の首筋に太い幹を押さえつけてくる。彼女、大胆になったな。青い花びらに顔を埋める。びっくりするぐらい臭い。豆っぽい。だけど、僕は成長し続ける彼女の一部になりたくて、青い花びらに接吻する。軽く噛みつくと、僕は足をすくわれた。無様に転ぶ。蔓が伸びてきて僕の尻をひっぱたく。なんで、こうなるんだ。だけど、美香なら許す。美香がどんな姿になっても僕は許してしまう。彼女とは浜辺でも戯れたじゃないか。美香は僕の身体の隅々まで蔦を這わす。僕は快感に溺れてよだれを垂らす。ああ、美香なら仕方がない。


 とうとう、美香の成長が止まらず屋根が突き破られる。美香は僕をするすると手放してしまう。


「え?」


 美香はずぶずぶと突き破った屋根から抜け出し、天まで伸びていく。僕は慌てて窓から外を見ると、美香は隣家にまで蔓を伸ばし、花を咲かせていく。だけど、止めようもない。寧ろ、彼女の好きにさせてやりたい。だがら町中に彼女が咲き誇るまで僕は呆けてついていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る