雪女と狼と復讐の火の球

秋雨千尋

七匹の子やぎの生き残った子、復讐鬼と化す

 残暑を吹き飛ばす、山の麓の野外フェス会場。

 熱中症対策が複数実装されている。冷えたドリンクの配布、飲食店の充実。そしてミストシャワー。


「故障しただと!?」


「今朝のチェックでは動いていたのですが」


「ミストシャワー無しでは、犠牲者が出る可能性がある。ただちに業者に連絡を」


「明日になるそうです」


「間に合わん。せめて氷を大量に買って来い!」


 客の頭上から霧の雨を降らせる装置の代わりが、ただの氷で務まるのか。疑問に感じながらも林田は最寄りのコンビニに走る。


「売り切れ!?」


 これはまずい。代わりにアイスを配るか? 客に対して数が足りない。

 いっそ中止にするか? 出来る訳が無い。あらゆる手を尽くしてやっと出演許可が取れたアーティストばかりだ。

 だが熱中症は死の危険もある。一体どうしたら!


「どしたん、そない死にそうな顔して」


 紺色から水色にグラデーションする浴衣を着こなし、三つ編みを雪の結晶型の髪かざりで留めている女性が話しかけてきた。

 切れ長の目が、紫のアイシャドウに彩られている。


「今日はプライベートなんやけど、お兄さんタイプやし、手伝おか」


 +++


「直ったのかね、まったく肝が冷えたよ」


「申し訳ありませんでした。原因が分かっていませんので、業者の点検を明日に」


「うむ、任せたよ」


 灼熱の会場を、涼しげなミストシャワーが癒していく。この日体調不良で運ばれた者はゼロ。素晴らしい盛り上がりをみせた。

 舞台裏から雪女が吹雪かせていた事を知る由もなく


「本当にありがとうございました。寿命が5年縮みましたよ」


「ほな貰おか、その寿命」


「はっ?」


「今日はプライベートや、サービスしとくで。またよろしゅう」


 雪女は袖で口元を隠しながら笑い、名刺をテーブルに置くと、まるで浮いているかのように軽やかに去った。

 ふと、ゴミ捨て場の段ボールが目にとまった。わずかに振動しているそれを持ち上げる。


 +++


 魔女の作りし異空間にある人外派遣会社。

 その談話室に、ぐったりしている雪女がいた。近くに犬用ケースがある。


冷華レイカさん、お茶をどうぞ。お疲れですね」


「おおきにイルカはん。最近拾ったこの子がなぁ、えろう夜泣きするんよ、流石のウチでもキツイわ」


 死神少女の相棒である死神少年は、ケースの中を覗いてみた。

 両手に乗るぐらいの黒い子犬だ。


「可愛いですね」


「触ったらあかんで、ウチの手見てみぃ」


 雪女の両腕におびただしく広がる爪痕と噛み痕。少年はゾッとして離れた。

 小柄な体に似合わず乱暴者のようだ。


「狼じゃないか」


 冷蔵庫から取り出したプリンをスプーンで口に運びながら、白銀長髪の吸血鬼が現れた。

 雪女はため息をつきながらうなずく。


「そうや。山から降りてきたか、連れてこられたか」


 吸血鬼はケースに顔を近づけると、狼から大量の血の匂いがする旨を伝えた。

 そして高い鼻を引っ掻かれた。


「こんな乱暴者は即刻、山に返してきたまえ!」


「アホか、忠告を聞かんからや!」


「あら皆さんお揃いで。冷華さん、フェス会場からご指名よ」


 魔女社長のルイが現れた。

 実際の彼女は平均的なルックスなのだが、洗脳に長けている為、絶世の美女だとスタッフに思わせている。


「またうたなあ、正式な依頼となれば寿命を貰うで?」

「客達の命がかかっています。俺の寿命なんかいくらでも差し上げます」

「やっぱええ男やん。任しとき」


 雪女は会場の裏にある高い台の上から軽い吹雪を起こす。暑さが尋常ではない。人が多いからといっても、限度がある。

 自分の周りも吹雪かせて身を守る。


「一体何が……」


 下からおぞましい殺気がした。

 咄嗟に氷柱を生み出して防御するも、一瞬で消滅した。

 手を会場に向けながら見ると、太陽が落ちてきたかのような灼熱の物体がそこに居た。

 燃える体の、ぼさぼさ白髪の女。


「邪魔をするな雪女、こいつらは皆殺しだ」


「なんや、暑苦しいやっちゃなあ。風呂でも沸かしとき」


「狼を探すのに人間が邪魔なんだ」


「なんて?」


「兄たちの仇、狼一族はガキまで皆殺しだメェェェ!」


 ミストシャワーを破壊してフェス会場を暑くし、拾い狼の家族を殺した犯人。

 文字通りに復讐に燃えるヤギ妖怪だった。


「家族だけじゃない。何千何万という仲間の仇、これは正義だ」


「話して分かる奴やないな」


 会場へ吹雪を送りながら、氷柱を連続で投げつける。だが相手がマグマの球を投げてきて相殺された。氷柱を増やすが、火の球の方が多い。

 肩口に一発食らう。雪女はうめき、膝をついた。傷口がジクジクと音を立てて痛む。

 消耗戦になれば圧倒的に不利だ。

 負ければ死ぬ。他にも大量に。きっと狼の子供までも。悲しそうに夜泣きをする姿が浮かんだ。


幼子ややこに手え出す奴に、正義とかあらへんわ」


 会場への吹雪を止め、自分を中心に氷の塊を作り出す。台から標的めがけて飛び降りた。


「死ねぇぇメェェェ!!」


 どれだけ火の球を打たれようと、中から力を送り続けて割らせない。そうして全力で体当たりをした。

 標的の炎は鎮火させた。

 だが、雪女もまた大きな火傷を負った。


「吹雪、送らんと……」


 視界が霞む。力が入らない。

 客を熱中症から守らねば。そう思いながら意識を失った。



 頰を舐められる感触と、涼しい風。

 雪女が目を覚ました時、会場は非常に盛り上がっていた。激しいギターの音色に上がる歓声。

 狼の子供のくりくりした目がある。


「なんでいるん?」


「この子が依頼したからよ」


 反対側から魔女社長の声がした。うちわで風を送ってくれている。

 体は痛むが、火傷はほぼ治っていた。


「うちのスタッフには最強の神官様がいるもの。あやかしの傷なんか朝飯前」


「会場、なんで涼しいん?」


「雨男と風神見習いの二人にミストの代わりを作って貰ってるの」


「三人も呼んでしもたか。こりゃあ借金やなあ」


「全部この子が払ったわ」


 雪女は血相を変えて飛び起きた。社長の胸ぐらを掴んで激昂する。三人分ともなれば寿命が半分ぐらいになったはずだ。


「怖い怖い。ホラ坊や、ちゃんと説明して」


 狼の子供は雪女の手に擦り寄り、たどたどしく口を開いた。


「お……おかあ……さん」


「なんて?」


「しなないで。ぼくが、おかあさんをまもるから」


 子供を抱きしめ、雪女は泣いた。

 ポロポロと止めどなく。


「ウチがオカンて。もう、怒るに怒れんやないか」


 その日のフェスは最高のフィナーレを迎え、ファンの間で伝説と呼ばれた。

 ちなみに狼子供の可愛さに免じて、三名のスタッフはボランティアで働いてくれたのだった。


 +++


 後日、談話室。

 狼息子を膝に乗せた雪女が問いかける。


「そや、やばい妖怪がおったんやけど、あいつ死んだん?」


「スカウトしておいたわ」


「なんて?」


「ワケ有りスタッフは我が社の宝だもの。ちょうどいい依頼も来てたし」


「えー、嫌やわぁ、ここで鉢合わせしたらどないしよ」


「大丈夫、洗脳しておいたから」


 夜道を歩く二人の男。酒が入って上機嫌だ。


「また子供堕ろさせたんだって? ワルだよなー」


「すぐ出来る方が悪いんだよ、お前だって三股かけてる癖に。ちゃんと付けておけよ」


「はーい、って嘘ー!」


「付けねーよなー普通。ははっ!」


 最低なトークを繰り広げる男達は、公園トイレから出てきた殺し屋に気付かなかった。


 燃える手に背後から貫かれて、生きながら内臓を焼き殺された男。

 口から手を入れられ、縦に焼き裂かれた男。

 猟奇的な遺体が二つ転がった。

 月をバックに、燃える体のぼさぼさ白髪の女が雄叫びをあげる。


「子供殺しの狼は皆殺しだメェェェ!」



 終わり

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雪女と狼と復讐の火の球 秋雨千尋 @akisamechihiro

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