「笑いも恐怖の下位互換なんだよ」

土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)

第1話

「笑いが恐怖の下位置換ですって?全然違います。むしろ真逆まぎゃくですよ」


「ヨシノは何か勘違いしていないか。微笑と恐怖は真逆かもしれないが、微笑と笑いを混同してはいけない。微笑は望ましい正しい状態に対する反応だ。だが、笑いと恐怖はそうではない」


「どういうことです?」


「大抵の人間の行為については、進化心理学で説明ができる。人間と言う生物は非常に弱いが、優れた生存本能で現代まで生き延びてきたのだ。人間は、異常を感知してそれを伝える能力が非常に高いのだ」


「サブロウ先生、もう少しわかりやすく」


「生命の危機に直結しかねない異常に遭遇した時、人間は恐怖に駆られて泣き叫ぶ。するとどうだ、離れたところでそれを聞いた他の人間はそこに危険があると理解して最大限に警戒する。だから、逃走するなり、仲間を助けるべく闘争をするなりして、生存確率を高めることができる。弱い個体でも、本能のプログラムで泣き叫ぶことで警報となり、所属する群れの生存確率を高くするのだ」


「なるほど。そこまでは理解できました。でもそれと笑いはどんな関係があるんですか?」


「笑いは、比較的軽度な異常に対する注意信号だ。普通ではないが、生命の危険に直結するわけではない。しかしそれなりに異常な状態であると言う認識を共有する信号として笑い声がある。異常ではあるが、危険ではないから逃走する必要は無い。むしろ異常を確認するために、人は笑い声に引き寄せられるようにできているのだ。つまり恐怖も笑いも異常に対する反応に過ぎないが、その異常の危険度の大小によって恐怖であったり、笑いになったりするわけだ」


「それがさっきの笑いは恐怖の下位互換という発言になるわけですね」


「そういうことだ、ヨシノ」


「じゃぁ、結局怖いもの見たさってどういうことですか?」


「人間には好奇心と言うものもある。人間は、外的刺激について情報を集め、それをもとにシミュレーションをして何が危険なのかも学習するようプログラムされている。だから、危険にも引きつけられやすい。危険な目に会いたいわけじゃなくて危険を分析して見極めたいのさ。火事の野次馬なんて思い切りそうだ」


「ああ、なるほど。そりゃそうかも知れませんね」


「加えて、脳が生み出す好奇心は常に刺激を求めている。刺激が全くない環境は逆にそのこと自体がストレスになってしまう。刺激が少なければ、脳の問題解決のためのシミュレーション能力が衰えていくからだ。これは人間と言う個体の生存にとってはマイナスになる。それを防ぐために、脳は刺激を求めているのだ。逆に、克服すべき刺激があるときには、人間は余計な刺激を求めないものだ」


「ふむふむ」


「実際の戦争をやっている最中に戦争映画を見る奴はいない。殺人事件がよく起きている国では、殺人事件をメインにしたようなサスペンスドラマや探偵ものは流行しない。普段から呪術師が活躍しているような社会でわざわざホラー漫画を読むものも少ない。つまり、戦争映画もサスペンスドラマもホラー漫画も平和な社会の娯楽なんだよ。そうじゃない社会で、それを見せられてもストレスの上塗りで娯楽にはならない」


「なるほど」


「だから、怖いもの見たさとは、一つは人間の危険を見極めたい欲求によるものであり、もう一つは問題解決シミュレーション能力を維持するための刺激を求める欲求から起きているのだ」


「よく分かりました。サブロウ先生、実は今、私にも見てみたい怖いものがあるんですが少し迷っていました。でも先生の話を聞いて、それを見る決心がつきました」


「ほう、いったいそれはナニかな」


「ホラー映画の傑作『13日の金曜日』を見てみようかなと」


「うん。別に見ればいいじゃないか」


「サブロウ先生と一緒に」


「ちょっと待て。そこでどうして俺を巻き込むんだ」


「それは、脳が生み出す好奇心のせいです。ホラー映画を見たサブロウ先生がどんな反応するのか脳が知りたがっているからです。サブロウ先生が私の前でホラー映画を見たことは1度もありません。脳がそのシミュレーション能力を維持するために、今までにない刺激を求めているのです」


「お、俺の脳は十分にシミュレーション能力を維持しているぞ。それに俺の生活は常に刺激に満ちていると言っても過言ではない」


「いいえ、先生の生活には刺激が全然足りていません!さあ私と一緒にこれから『13日の金曜日』を見ましょう!」


「いやだ、俺は今日はレスリー・ニールセン主演の『裸のガンを持つ男』を見なきゃならないんだ!」


「ははぁーん。先生怖いんですね」


「そんなことはない。グロいのが嫌いなだけだ」


「やっぱり怖いんだ。そんなことじゃチキン野郎と言われちゃいますよ」








「・・・・・・おい、ヨシノ。お前今なんて言った」


「チキン野郎」


「ようし、俺がチキン野郎だかどうかその目で見てからモノを言え!」


「はいはい。・・・・・・チョロいわ」


「何か言ったか」


「いいえ、何にも」


「じゃあさっさと、その映画を見るぞ!」










(数十分後)










コキェ〜〜〜〜ッ!








 そこにはヨシノ嬢にしがみつきガクガク震えるサブロウ氏の姿があった。


「人生にはやはり適度な刺激が必要ってことね。吊り橋効果も期待できるかしら?」



おしまい



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「笑いも恐怖の下位互換なんだよ」 土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり) @TokiYorinori

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