05
狩をしていた俺たち兄弟は走った。そいつから逃れるために。
空気がビリビリと震えるほどの大咆哮。
必死に走る俺たち兄弟をあざ笑うかのように、木々をなぎ倒すように近づくそいつから逃れることができない。
やがて木々をなぎ倒して現れたのは、大猿。
デカい。とにかくデカい。四、五メートルはあるんじゃないかと思われるほどの巨体。そんな巨体から繰り出される丸太のようなごつい腕が振るわれるたびに、樹が吹っ飛んでいく。
こんな化け物、現実にいるのか? いや、目の前にいるのだが。
などと現実逃避している暇はない。大猿は何が気に入らないのか、俺たち兄弟に狙いを定めて追いかけてくる。木々が邪魔をして思うように進めないのか、まだ追いつかれていない。それでも徐々に大猿との距離が近づいてきている。このままではいずれ捕まることだろう。
そうなったら殺されるのは必須。
(そんなのご免だ‼)
死に物狂いで手足を動かすが、如何せん兄弟の中で一番体格が小さい俺が必死になったところで大して変わらない。残りの三匹の兄弟は俺のことなど知ったことかと言った感じで先頭を走っている。このままならあの三匹は逃げることができるかもしれない。
だが、俺には無理そうだ。
現に先頭を走る兄弟たちから離されて行ってる。加えて後ろからは大猿が迫ってきてもいる。
『おいっ、置いていくな!助けろよ‼』
恥をかなぐり捨てて助けを求めるが、三匹は足を止めることなどしない。
それどころか・・・・・・・・
『知るかバカ‼』
『むしろそのまま捕まって囮になれ‼』
『そうだそうだ‼』
などと吠えて速度をどんどん上げていく。
『ふざけるなっ、薄情者があああああああ‼』
まあ、期待など最初からしていなかったが、いざ面と向かって言われると頭にくる。
兄弟に吠え散らかしていると、後ろから一際大きな音が鳴り響いた。
『‼』
思わず後ろを見てみれば、大猿がすぐ後ろまで迫っていた。
(追いつかれたっ⁉)
バカなことやってないで逃げればよかったのに、何をやっているんだ俺は。と思ったところで俺の脚ではいずれ追いつかれていたのは目に見えていた。
大猿が地面を蹴るようにその身を上に跳ばす。
振り上げられる腕。
その光景がまるでスローモーションのように映る。
ああ、これが死ぬ直前に見るやつってことか?
(俺、こんな簡単に死ぬのか?)
ゆっくりと動く世界の中、俺はそんな益体もないことを考えた。
このままいけば、あのごつい手が蝿を潰すようにブチっと潰されて殺されるのだろう。それはイヤだなぁ。
(てか、死にたくねえなぁ)
前世では碌なことはなかった。逃げて逃げて逃げ続けた人生だった。
初めて逃げたあの時から、俺は逃げ続ける人生を送った。
社会人になってもそれは変わらず、俺は面倒ごとから逃げて適当なところに就職して、適当に仕事していた。それでいいと思った。
まあ、その最後に人を助けて死んだのだから、少しは何かのためになったのだと思いたい。
だからというわけではないのだが、今世はもう少しまともに生きたいと思った。
結果は犬になった挙句、兄弟からイジメられるという畜生な人生だったわけだが。
(転生してもこんな終わり方なんて・・・・・・俺の人生って、意味あるのかよ)
俺の人生はここで終わる。
(もういいや・・・・・・もう、楽にしてくれ)
何もかもがうんざりになった。
だが、それを許してくれない奴がいた。
『させないっ‼』
グオオオオオオオ⁉
『え?』
突如、襲い掛かる大猿の横から現れたソイツが、大猿の左目を引き裂いた。
何が起きたのかと考える暇もなく、そいつは俺の後ろ首を咥えるとその場から飛びのく。先ほどまで俺がいた場所に大猿が潰された目を抑えてのたうち回る。
『逃げなさい!』
『母⁉』
俺を助けてくれたのは、寝床で寝ていたはずの母だった。
『ぼさっとしていないで逃げなさい! あなたたちも早く‼』
母が助けに来てくれたことに驚いていたのは俺だけではなかったらしく、先を走っていた兄弟たちも足を止めてこちらを見ていた。母はそんな兄弟たちにも逃げろと吠える。
『け、けど――――――』
『うわああああああああああ』
母を置いていくなんて、と言おうとするよりも早く、三男坊が悲鳴のような叫びを上げながら脱兎のごとく逃げ出した。それを見た残りの二匹も遅れてなるものかと言った感じで三男坊に続くように逃げ出していく。
(あいつら、自分の母親置いて逃げるのかよ⁉)
薄情にもほどがあるだろ! そう吠えそうになるが、続く言葉があげられない。なぜなら、大猿が再び襲い掛かってきたからだ。
『っ!』
『うわっ⁉』
襲い掛かる大猿に対し、母は再び俺の首根っこを口にくわえると、その場から大きく跳躍する。それだけで大猿の迫りくる腕から逃れることができた。
だが、それで諦める大猿ではなかった。大猿は更に追撃を仕掛けてくる。母はそれを俺を咥えたまま避ける避ける避け続ける。
『‼』
このままではジリ貧だと思ったのか、母は大猿の攻撃を避けた瞬間、俺を乱暴に茂みに向けて放り投げる。
『おわッ⁉』
放物線を描きながら茂みに向けて放り飛ばされるさなか、天地がひっくり返って映る視界に、母が驚異的な速度で大猿の懐に潜り込む。
『スラッシュクロウ‼』
振り上げた母の爪が、大猿の胸を斜めに切り裂く。
グオオオオオオオおおお⁉
傷口から赤い鮮血をまき散らしながら大猿は絶叫する。
『今のうちに逃げなさい‼』
茂みから這いずるように出てきた俺に向けて母が吠えるが、俺はそれを実行できなかった。
『あ、脚が・・・・・動かない』
後ろの右足が動かない。よくよく見れば足から血が出ている。どうやら茂みに落ちた時に運悪く怪我をしてしまったようだ。そうでなくても、先ほどから全力で走っていたせいか、膝がガクガクと震えてしまっている。
『くっ』
それを見た母は再び俺を咥えて移動しようとしたのだろう、俺に向けて足を踏み出そうとしたが―――――――
『母っ‼』
『⁉』
俺に気を取られたことが隙となった。俺の視界には腕を横なぎに振りぬこうとしている大猿の姿がはっきりと映っていた。
『ぐわっ!』
気づいた時には遅かった。母は避けることもできず、まともに大猿の攻撃を受けて吹っ飛び、樹の幹にぶつかって倒れ伏してしまった。
大猿はそんな母を見た後、今度は俺を見た。
その顔は、まるで笑っているかのように見えた。
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