01

 どうもどうも~俺、小野寺隼人おのでらはやと!現在二十六歳独身のどこにでもいる平凡なサラリーマンです!

 営業で会社の外に出ていた俺は、事故を起こしてしまいました。

 いや~参った参った。

 たまたま目に入った大型犬を散歩していた小学生ぐらいの女の子が、信号もない車道に向けて走り出したのです。

 どうやら飼い犬が何を思ったのか、車道に飛び出そうとしたらしく、それに引っ張られて女の子も車道に飛び出しそうになっているようだ。

 ちょうどタイミング悪く、大型トラックが走ってくるのが見えた。このままでは女の子と犬は轢かれてしまう。

 そう思った俺は自然と足が動き、駆け出していた。

 まあ、ここまで説明したら大体予想はつくだろうから結果だけ伝えよう。

 俺は撥ねられた。

 それはもう豪快に撥ねられた。

 天地が何度ひっくり返ったかわからんぐらい撥ねられた。

 その結果、俺は死んだ。

 唯一の救いは、俺がトラックにはねられる前に、女の子の背中を押して、最悪な結果から救うことができたことだけだろう。

 まあ、そんな感じで俺は死んでしまった。が、こうして俺が元気にこんなことを説明していることからわかる通り、俺は生きていた。

 正確には、生まれ変わり、と言うやつだろう。

 みんな知ってるか?生まれ変わりって、前の自分とは全然違うモノに生まれ変わるんだぜ?

 一度は妄想したことないか?生まれ変わったら女の子から黄色い悲鳴が飛び交うようなイケメンとか。ゴリゴリの筋肉と白い歯が光るイケメンマッチョとか。

 そして何を隠そう、この俺は―――――――



『なんで犬なんだよクソったれがっ‼』



 そう、何を間違ったのか犬である。どこからどう見ても犬である。


『なんだ?これはあれか、昨今流行りの転生ネタのラノベか?だとしても、普通はもっとこう、すごい能力を持った勇者とか、最強の魔法を使う魔法使いとか、もっと色々あるだろうが!なんでよりにもよって人外なんだよ!しかも犬ってどういうことだよ‼』


 などと人語を話しているつもりなのだが、己の耳に届くのはワンワンキャンキャンという鳴き声。犬なのだから当たり前なのだが・・・・・・・・


『さっきからうるさいぞ!』


『静かにしてくれないか?うるさくて昼寝もできない』


『そうだそうだ、うるさいぞ!』


 そういって怒鳴りつけてくる三つの声に、俺は耳をぺたんと畳む。

 怒鳴りつけてきたのは俺と同じ子犬が三匹。

 何を隠そう、これらは俺の兄弟、らしい。実感ないが。

 ちなみに耳に聞こえてくるのは俺と同じくワンワンキャンキャンといった鳴き声なのだが、不思議と言語として理解できてしまう。これはただ単に同じ犬同士だからなのだろうか?疑問は尽きないが、今はいい。問題はこいつ等自身だ。

 何が問題だって?それは―――――――


『みんな、こっちにいらっしゃい』


 一匹の白い犬が優し気な声で俺たち兄弟を呼ぶ。

 声と同じで優し気な瞳を持つ、白い毛並みの犬。


『今行くよ母さん』


『飯か?飯飯!』


『わ~い、ごはんだ~!』


 この人(?)は俺たち兄弟の母。認めたくはないが、俺を生んだ母である。

 どうやら生まれて間もなくは俺という意識がなかったようだ。俺という意識がしっかりと自覚できたのは生まれてしばらくした時、毛が生え変わったころのようだ。

 ようだ、と言うのも、いまいち感覚がないからだ。意識があったような、なかったような、そんなふわふわとした状態だったのだ。

 で、気が付けばこうなっていたと。


『さあ』


 そういって駆け寄ってきた兄弟たちに、横になりながら少し腹を見せるように体をよじる。見えた腹に向かって兄弟たちが我先にと頭から突っ込んでいく。

 先ほども兄弟の一人(?)が言ったように飯の時間だ。つまりは・・・・・


(乳を吸えって・・・・・・やっぱ抵抗あるんだよなぁ)


 子犬の飯、とくれば当然母の乳である。


(犬とはいえ、いや人間だったとしても、この歳で乳を吸うとか、ものすごい抵抗があるんだよなぁ)


 何せ中身は二十六歳の成人男性。そういうプレイに興奮するような性癖を持っているのならいざ知れず、生憎と俺にはそんな趣味はない。

 俺が躊躇していると、それを察したのか、母から声がかかる。


『お前もこっちにいらっしゃい』


 いや~・・・・・・・そう言われても、ねえ?

 しかし、悲しいことに腹が減っているのは事実。なので意を決して母に向かって歩みより、その腹に顔を埋めようとすると―――――――


『邪魔だ!』


『狭い』


『あっち行けよ!』


 他の兄弟たちに弾き飛ばされる。


『こら!なんてことするの!』


 地面を無様に転がる俺には目もくれず、かといって母の注意など意にも返さず一心不乱に乳を吸う兄弟たち。


(くそっ、またかよ!)


 これが先ほど言いかけた問題だ。この兄弟たちは俺をのけ者にするんだ。

 兄弟の中では末っ子、つまりは一番下っ端なのが俺。おまけに体格もほかの兄弟に比べたら発育が悪いのか、体が小さい。

 そのせいか兄弟たちにからかわれ、こき使われ、はっきり言ってイジメられている。

 そんな俺を気遣うように母がもう一度兄弟たちに注意する。


『お前たち、邪魔者扱いするようなら、お乳はあげません』


『『『・・・・・・・は~い』』』


 渋々といった感じで三人は答えるが、またすぐに母の乳に吸い付く。


『ほら、いらっしゃい』


 母に促されるまま、俺は再び母に近づき、そのまま腹に顔を埋める。今度は兄弟からの妨害はない。


(情けない・・・・・・なんでこんなことに・・・・・・・)


 そうは言いつつも、生きるためには必要なことだと涙をこらえて母の乳に吸い付く。

 こくこくと喉を潤す。しかし、それはほんの短い時間だった。


『・・・・・・・あら』


 そんな母の一声とともに、乳が出なくなってしまった。


『ふう~』


『おなか一杯♪』


『それじゃ、もうひと眠りするかな』


 兄弟たちは満足して母から離れる・・・・・・・・俺を除いて。


『ごめんね、私がもっと・・・・・・』


『・・・・・・・別に、腹は一杯になったから』


 母は申し訳なさそうに言うが、俺は意地を張ってみせた。

 本来なら俺たち兄弟を満足させられるだけの乳が出るはずだが、母は病気がちなのか、乳の出が悪い。


(クソ、本当に惨めだ・・・・・・・)


 兄弟は腹を満たしたおかげで満足そうな顔をしている。

 しかし、俺は鳴りそうな腹に力を込めて、鳴らさないように意地を張るしかない。

 これが、俺の今の生活だった。

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