ハーシェル家の番犬~異世界で犬になった男~

神ノ味噌カツ

プロローグ

 体が痛い。頭もクラクラする。俺は一体どうなってしまったんだ?

 視界は霞んでよく見えない。遠くから誰かが必死になって叫ぶ声が聞こえてくるが、何を言ってるのかいまいち聞き取れない。

 それでも声に応えようと口を開こうとするが、上手くいかない。口から洩れるのはヒューヒューと息がかすかに漏れるだけ。


(寒い・・・・・・・・)


 今は春。天気もいい昼下がり。それなのに体が寒くてしかたがない。

 それに・・・・・・


(ねむ、い・・・・・・)


 強烈な睡魔に襲われているような感覚だ。このままでは俺は眠ってしまう。


(まあ、いいか・・・・・・どうせ、やることなんて、何も・・・・ない・・・・)


 意識が薄れて、薄れて、薄れて、やがて完全に俺の意識が消える。


(なんだ、鳴き声?)


 意識が途絶える刹那、どこからか、動物の鳴き声のようなものが聞こえた。

 それを最後に、俺は意識は完全に闇に閉ざされた。



       ♢        ♢       ♢



 水底から浮上するような感覚とともに、意識が覚醒していく。


(ン・・・・・・んん・・・・・・?)


 続いてペロリと自分の頬に舌でなめられたような感触。


(ん?んん・・・・・・・・?)


 徐々に覚醒していく意識の中、俺は瞼をゆっくりと開いていくと、俺の眼前に真っ白な犬が俺の顔をなめていた。


(なッ⁉)


 犬⁉なんで犬が目の前にいるんだ⁉

 慌てて距離を取ろうと体を動かそうとするが、上手くいかない。

 いや、正確には動くのだが、上手く動かせないのだ。

 なんといえばいいのか、まるで赤ん坊のようにじたばた藻掻くようにしか動かせない。

 よくよく見ると、自分の目に映る己の手足が人間のそれとは違うことに気が付いた。

 と言うかこれは・・・・・・・


(い・・・・ぬ・・・・・・?)


 訳が分からない。何がどうなったら俺の手足が犬のような肉球が付いた手足に生え変わっているのか?


(いや、これ・・・・・・手足というよりか・・・・・・)


 全身犬なのでは?


(いやいや、まさかそんなぁ~)


 ありえないだろ、そんなこと。

 などと考えつつも手は自然と己の頬に触れると・・・・・


(ふさふさ・・・・・・してる・・・・・・)


 髭とかじゃない、なんかこう、毛、みたいな・・・・・・


(一体、これはどういうことなんだ?)


 ペロペロと執拗になめ回してくる犬を押し返すようにどけると、俺は手足を無理やり動かして距離をとる。

 地面を這うように体を動かすと、雨でもあったのか、ぬかるんだ地面を泥にまみれながら這う。

 這いつくばりながら首を巡らせると、視界には木、木、木。

 どうやらここはどこかの森の中のようだ。上に視線を向ければ木々の間から太陽の光が差している。

 目が覚める前に何があったのか、いまいち思い出せない俺はパニック状態になる。


(俺は、一体どうしちまったんだ⁉)


 思うように動かない手足を動かして進んだ先に、雨上がりでできたと思われる水たまりがあった。

 俺は無意識にその水たまりをのぞき込むと・・・・・・・



 そこに映っているのは白い毛並みを泥で汚した子犬が一匹。



 手を挙げれば水たまりに映った子犬も手を挙げ、首を振れば同じように水たまりに映る子犬も首を振る。


(ま、まさか・・・・・・これ、俺・・・・・なのか?)


 そこには、子犬(俺)が映っていた。

 毎朝鏡で見るよく知る人間の俺ではない。まごうことなき犬(俺)が映っていた。


(なんで犬なんだよーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!)


 天に向けて叫んだ声は、ワオーンという鳴き声となって森に響いた。

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