07

 意識は、ある。かろうじてある。

 ただ、目を開けられない。

 全身は痛いし、寒い。

 ここがどこなのか、自分が今どうなっているのかすら分からない。

 体を動かそうにも動かせる気がしない。かろうじて分かるのはどこかにうつぶせで倒れていることだけ。それも下半身は水に沈んでいる。

 俺は川に流されたのだ。母に崖から突き飛ばされ、滝に落ちた。

 滝に落ちてよく生きていられたなと自分自身驚きだが、どうやらそれもここまでのようだ。どこをどうやって流されたのかは分からないが、自分が今衰弱しているのは分かる。このままではいずれ死ぬだろう。


(クソ・・・・・・折角、母がここまでして、くれた、のに・・・・・・)


 痛い。

 寒い。


(あの時と、同じだ・・・・・・・)


 俺がこの世界に転生する直前のこと、つまり前世で死ぬ直前の状況に似ている。

 あの時はどうしようもなく体が痛いは寒いはでどうにかなってしまいそうだった。実際どうにもならずに死んでしまったわけだが。その時と今が重なっているようでうすら寒いものを感じてしまう。


(俺、結局こういう死に方しかできないってことか?)


 手足は動かない、声も出せない、あの時と違うことと言えば、周りには誰もいないということぐらいか。


(まずい、意識、が・・・・・・・・)


 無くなる。

 この意識がなくなれば、俺はいよいよ死ぬだろう。


(いやだ・・・・・・死に、たく・・・・・・・ない・・・・・・・・)


 犬とはいえ、折角こうして転生して第二の人生を送れることになったのに、結局また死んでしまうなんて嫌だ。

 そうは思うものの、もはや俺にはどうすることもできない。俺ができるのは精々死ぬ直前まで悔しがるぐらいだ。


(すまん、母・・・・・)


 母が命がけで生かしてくれたのに、それを無駄にしてしまう自分が悔しくて仕方がない。




 生きなさい――――――――




 悔いる頭に、どこからか母の声が聞こえたような気がした。

 そん時だった。


「お――――さんっ!―――――んが‼」


 声だ。

 声が聞こえる。

 それも久しぶりに聞く人の声だ。


(人間が、いる、のか?)


 声に導かれるように、薄っすらと瞼を持ち上げる。

 霞む視界に、誰かが駆け寄ってくるのが見える。


(誰・・・・・・だ・・・・・・・)


 その誰かは俺に駆け寄ってくると、俺の体を川から引き上げる。そのまま乾いた地面に寝かされた。その間俺はぐったりとして何もできずされるがままだ。


「だい―――――、すぐ―――――からっ‼」


(なに、言って・・・・・・るんだ?)


 もう限界だった。

 もう目も開けていられない。

 持ち上げていた瞼が再び下がり始める。


(・・・・・・・ああ・・・・・・・・おわ、た)


 死ぬ。

 そう思った瞬間、体が温かい何かに包まれた。

 何が起きているのか全く分からない。分からないが―――――


(あった、か、い・・・・・・・・・・)


 それを最後に、俺の意識は途切れた。

 意識がなくなる瞬間、誰かが泣いている顔を見た気がした。





      ♢       ♢        ♢




 深い眠りから覚めるように、意識が徐々に覚醒していく。

 やわらかくて、暖かい。

 俺が最初に感じたのはそんな感触だった。

 瞼を持ち上げると、何か白い物の上にいた。

 よくよく見るとその白い物の正体は座布団のようなクッションだった。俺はその上に寝かされていたみたいだ。


(どこだ、ここ?)


 まだ意識が完全に覚醒していない頭で体を動かそうとした途端、体に激痛が走った。


『ギヤああああああ‼』


 思わず声に出して悲鳴を上げてしまう。


(いってぇ・・・・・・)


 そのおかげか、一気に意識が覚醒した。


(なんだ?何がどうなってるんだ?)


 意識が覚醒したとはいえ、現状俺がどうなているのかまったくもって意味不明。


(俺は死んで、ないよな?)


 体痛いし、クッションめっちゃやわらかくて気持ちいし、なんか暖かいし。

 混乱する俺の耳にトタトタとどこか軽い足音が聞こえてきた。と思ったのもつかの間、俺に覆いかぶさるように影がにゅっと差した。

 見上げるとそこには見覚えのない女のガキがいた。


「目が覚めたの?大丈夫?」


 大きくてくりくりとした翠の眼。癖っ毛なのか、ところどころ髪の毛が撥ねた赤い髪。歳は小学校低学年ぐらいに見える。

 そんなガキが心配そうな顔をしながら俺に問いかけてくる。


『誰だよお前』


 思わずそんな言葉が口から出るが、残念なことに俺の口から実際に出た言葉はワンワンキャンキャンといつもの犬の鳴き声。


「よかった、大丈夫そうだね」


 俺が喋った(鳴いた)ことがうれしかったのか、ガキは満面の笑顔を浮かべている。


「お母さん、ワンちゃんが目を覚ましたよ!」


 ガキが大声を出す。うるさっ!

 ガキってなんでこうもうるさいんだ?もう少し考えて声出せよ。

 などと思っていたらガキ以外の誰かが近づいてきた。それは中々の美人だった。

 ガキと同じ赤い髪。ガキと違うのは髪が腰まである長髪で艶もあって綺麗なこと。顔立ちも整っており、美人だ。それも北欧系な感じの美人さん。

 そんな美人さんが起きている俺を見て安どの息を吐く。


「目が覚めてよかったわね」


 美人さんが手を伸ばして俺の頭を撫でる。くすぐったい。


「ああ!お母さんズルいっ、私も撫でる‼」


 美人さんの手が離れると、今度はガキの手が俺の頭を撫でる・・・・撫で・・・・・な・・・・・・・痛いわっ‼


「こらこら、そんなに乱暴に撫でたらダメよ。ワンちゃん痛がってるわ」


「あ、ごめんね」


 ガキの手が頭から離れる。このガキ、乱暴に触りやがって。撫でるというかこねくり回しやがって。


「まだ怪我が治った訳じゃないから、もうしばらく安静にしておかないと」


「は~い」


 美人さんの言葉で気が付いたが、俺の体はあっちこっち包帯のようなもで巻かれていた。


「怪我を治す為にも、まずは体力をつけないとね。ミルクでも持ってきましょうか」


「あ、じゃあ私がご飯食べさせたい!」


「はいはい。じゃあ準備しましょうね」


 そういって二人は俺から離れていった。


(これは・・・・・・・・俺、あの二人に助けられた、てことか?)


 状況からみて多分そうなのだろう。あんな状態の俺をどうやって助けたのか不明だが、こうして生きているのだ、文句を言うつもりはない。

 むしろ感謝しているぐらいだ。


(とにかく、俺はまだ生きてる)


 生きているということは、まだまだこの人生、いや、犬生は続けることができる。


(犬っていうのが未だに納得いかんが)


 それでこうして生きていることに感謝しよう。

 まずは感謝を込めて―――――――


(早く飯持ってきてくれねえかな)


 などと厚かましいことを考えながら、その時を待ちわびるのだった。

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ハーシェル家の番犬~異世界で犬になった男~ 神ノ味噌カツ @brsmato

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