第3話
(ここからは、手術後、鎮痛剤(イブプロフェンとアセトアミノフェンとオキシコドン)で頭がふらふらになっている状態で書きました。これはこれで面白いので、修正しません)
手術室に入りました。
入ったとたん、思わず顔を上げてしまいました。広い手術室に十五人ほどのナースが散らばってそれぞれ何かをしています。そして、壁のそばに置かれているのは白くて大きな機械。三センチぐらいの幅のフラットな棒が四本ついているのが見えます。
「あれ! あれがあたしの手術してくれるロボット⁉」
スタンバイしていた主治医はぎょっとして、
「そうだけど……」
「すごい! かっこいい! あれがあたしの手術するんだ! もっと、金属むき出しのロボットかと思ってた!」
「信じらんない。こんな、目をキラキラされてウキウキして手術室に入る患者なんて初めて見たわ」
呆れていたようですが、私は興奮してしまい、
「だって、こんなのなかなかないよ、きっと。すごいなあ」
「はーい、持ち上げますよ」
数人のナースがシーツをつかんで、「せーの」で私の体を手術台に載せました。
「はーい、麻酔かけますよ」
「もう少し近くで……」
麻酔の先生がまだしゃべり足りない私の顔に、カップの様なものを押しつけました。
そこで記憶が途切れました。
私は大きなステーキを食べていました。テーブルと同じくらいの大きさで厚さは10センチくらい。フィレ・ミニョンのミディアムレア。付け合わせは五センチくらいのニンジンのグラッセ3個とグリーンピースが5個。私はそれをペロリと平らげ、デザートにとりかかろうとしていました。それは出がけに見た、たから聖さんのクッキングエッセイにあった、バニラアイスの柿ソースがけでした。
これは、私にとってはちょっと特別なデザートでした。
この地域は季節の変わり目にはあちこちでフェスティバルを開催します。その中の一つ、秋に行われる隣町のポテトフェスティバル。その時だけ、一軒のふつうのお宅が「アップルダンプリング」という食べ物を売ります。丸ごとのリンゴをパイ生地で包んで焼き、上から温かい生クリームのソースをかけます。その付け合わせでバニラアイスとソースをかけるのですが、それが「チョコ」か「カラメル」か「パーシモン(柿)」なんです。
アメリカで柿はそれほどポピュラーな果物ではないのに、このおうちは毎年必ず柿のソースを作るのです。
アップルパイはダンナが食べます。そして、私が食べるのはバニラアイスと「柿」のソース。バターのコクとかすかなシナモンの香り。
毎年一回、この日を楽しみにしているのです。
その、私の大好きなデザートのたからさんバージョンが目の前にあったのです。
きっと、日本の柿で作ったソースはもっと柿の香りが強くておいしいのでしょう。
そのソースをすくおうとした時でした。
目の前からデザートが消えてしまったのです。
「アイス! あたしのアイスが!」
そう叫んだ時です。
「She woke up!(目を覚ましたわ!)」
誰かの声がしました。でも私にとってはそれどころじゃりません。
「My ice!」
そう叫んだら、
「Ice ? Do you need the ice?」
ちがう! ice(氷)じゃない! 私が欲しいのはバニラアイス!
けれども、口に氷を押し込まれました。でもそれは、乾ききった喉に潤いを与えてくれました。
「Tell me your name and birth date!(あなたの名前と誕生日は⁉)」
答えると、「動かすわよ!」という声とともに、シーツが持ち上げられ、手術台から移動式のベッドに動かされました。
「Are you Okay?」
そこで気づきました。
「I can not open an eye!(片目があかない!)」
そう。右目が目ヤニでかたまって開きません。
「It's okay. You bumped your face on the bed when we moved you. It's just a blues, not a big deal.(あなたを動かした時に顔をベッドで打ったの。青あざできてるだけだから、大したことじゃないわ)」
マジか!
でも、そんな自信たっぷりに言われると、目に青あざができているくらいは大したことがないように思えます。うっすら開けてみると、腫れているような気もしますが、きっと「大したことじゃない」のでしょう。
そこで、気づきました。
「トイレに行きたい!」
「していいわよ」
「でも」
「膀胱からチューブが出ていて、外の袋につながってるから!」
……なんでだ?
こういうことでした。
わたしの筋腫はMRIの画像で見るよりもずっと大きなものだったそうです。本来、下の方にある膀胱が巨大化した筋腫に押し上げられて、ずいぶん高いところに位置していた。筋腫を砕いて取り出すために切り込みを入れたら、そこにあった膀胱に傷がついてしまった。そこで、縫い上げて、かわりに膀胱にバルーンを入れてその中に尿をためて、チューブでつないで体外に出す、という処理をしたのだそうです。きっと、事前に撮ったMRIはそのためのものではなかったのでしょう。
先生曰く、
「本来、子宮は拳ぐらいの大きさしかないのに、あなたの子宮、胃の上まで育って、下は骨盤とか背骨の方まで押してたの。一キロくらい取ったわよ。ほんとに大きかった。実際、本当に大変な手術だったの。ロボだけでできたのはラッキーだったわ」
先生は言いました。
「すっごく出血したから、一リットルの輸血をしたの。だから今夜は入院ね」
私はややコレステロールの値が高かったので、を血栓を心配した先生が、事前に血液サラサラの注射を打ったせいで、出血量が多くなったの事。
青あざができても、膀胱を切っても(まだ治療中)、出血量が多くても、全部修復。後で友達から「輸血量1リットルって多くない⁉︎ ほんとは危なかったんじゃないの⁉︎」って言われましたが、それも聞いてないフリをすればいいこと。
すべてオッケー。
失敗しない医者ではない。
間違えてもちゃんと修復できる医者。
ま、いいか。
だって私は今、生きている。
家族と時間を過ごせている。
それを思うと、お医者さんには感謝しかないのです。
おわり
・
ロボット手術 月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊 @Tsukimorioto
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