第2話
月曜日、もう一度病院に呼び出され、最終確認みたいなことをされました。
ロボットで取れなかったときは開腹手術になること。
輸血はしない予定だけれど、輸血になる可能性もあること。
血液の感染症の可能性。
そして。
麻酔から目覚めないかもしれない可能性。
ありとあらゆる、ものすごく確率は低いけれど、ゼロではないリスクのことについて説明されました。
帰り道。
ダンナは取り乱した様子もなく、ふつうの顔をして車を運転しています。
「だいじょうぶだと思うけどさ、死んじゃったらごめんね」
そう言ったら、
「そうなったら、そうなった時だよ」
ふつうの顔で返してきました。
「だよねー」
その後も、くだらない冗談を言って笑いながら家へ帰りました。
ー死んじゃったらごめんね。
そんなこと、子供たちには口が裂けても言えないな、なんて思いながら。
ダンナは軍人です。そのせいでしょうか。私は普通の専業主婦なのに、いろんな形の「死」を目の当たりにしてきました。病死、事故死、凍死、自殺、殺人、戦死。
それで、知りました。「死」は、自分が思っているよりもずっと近くにあること。
望む、望まざるに関わらず、死ぬときは死ぬ。自ら手を下す必要もない。
だからこそ今まで、一生懸命楽しもうと生きてきました。全力で家族を大切にしてきました。自分のことでやり残したことは一つもありません。
ただひとつ。
家族と離れてしまうこと。
家族を悲しませてしまうこと。
そんなの、私の一存でどうにかなるものではない。
わかっていても、それだけは絶対に避けたいと強く思う。
「入院する前に、ピザ焼こうかな」
そう言ったら、ダンナも、
「それがいいかもな」
といいました。
「子供たち、君の作るピザが大好きだから」
「じゃあ、ダダ(ダンナのことです)は何がいい?」
「おにぎりとみそ汁」
なので、子供たちにはピザを、ダンナにはおにぎりとみそ汁を作りました。
前日、ベッドに入る前、息子はひとしきり泣いてくれました。
娘はさらっと、「ちゃんと帰ってくるんでしょ?」と言いました。
だから私も、
「帰ってくるに決まってるじゃん。だって、世界はママを中心に回ってるんだよ」
そう答えたら、娘はいつも通り鼻で笑いました。
「ほんと図々しい。ママは絶対、長生きするよ」
きっと、麻酔から覚めたら、「ああ、まだ生きてる」と思うんだろう。
もう少し家族と一緒にいられる。
家族を悲しませずに済んだ。
そういう喜びをかみしめることになるんだろう。
そんなことを思いながら手術室に入りました。
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