過去編 「私がお肉にさせました」

 私はプロデゥーサーという職業に誇りを持っている。

 原石たちをアイドルとしてステージの上で輝かせる仕事。

 決して目立つことのない職業だが、だからこそ、手掛けた子たちが世にでるときの喜びは大きい。


 チカも原石の一人だった。


「お疲れ様です、プロデゥーサーさん」

「お疲れ様です。もう新曲のダンスは完璧ですね」

「えへへ、ボクじゃまだまだですよ」

 謙遜はしているが、チカの実力は本物だ。

「素晴らしいですね。しかし向上心が高いことには越したことはありませんが、あまり無理をしてもいけませんよ。ファンの方も、調子が悪いのではないかと心配していました」

「うぅ……」

 肩を落とすチカ。

「そう落ち込まずに。今日はご褒美としておいしいものでも食べましょう」

「ほんとに?!」

 チカは嬉しそうに腕に抱きついてくる。


「お!お熱いねー!」

「いっけないんだー!社長にチクっちゃお!」

 他のアイドルたちがはやし立てる。

 チカは私の後ろに隠れてしまった。

 チカは引っ込み思案なところがある。演出次第では魅力にもなるが、現在ソロで活動している彼女にはもう少し表に立つ必要があるな、と私は心配になる。

「仕事仲間としてのボディタッチですよ。ね、チカさん」

「……う、うん」

 他のアイドルたちに気後れしているのか、チカはうつむいてしまった。

「ああ、そうだ」

 妙案をひらめく。

「これから食事に行くのですが、皆さんもいかがですか?」

 チカもアイドルとして、他の子たちと仲良くする必要がある。食事でそのきっかけになれれば、と私は提案した。

「えー、プロデゥーサーさんのおごりならいいけどー」

「ねー」

 彼女たちはきゃっきゃっと乗り気のようだ。

「ボ、ボクのプロデゥーサーさんだよ……」

「はい。チカさんのプロデゥーサーさんですよ」

 私の服を握りしめたチカを、安心させるためににこりと微笑む。

 小動物のようなチカは、撫でたくもなるが私から触れることは避けた。

「そういうことじゃなくて……」

 むぅっと唇を尖らせるチカ。

「ねーねー、早くしよーよ、アタシお腹空いたー」

「はい、今車を回しますよ。チカさん何か言いましたか?」

「な、なんでもない……」

 他の子たちに遮られたチカの言葉は、聞くことは叶わなかった。






「ごちそーさまでーす!」

「他人の金で食う飯は最高だぜ!」

「楽しんでいただけて光栄です」

 食事を終え、解散となった。

「もう遅いですし、車で送りましょうか」

 帰路につく彼女たちに、一抹の心配を寄せる。

「えー送り狼されちゃう?」

「さすがに、狼もここまで獲物が多いと返り討ちにされてしまいますよ」

「やだー」

 きゃっきゃっと盛り上がる輪から外れていたチカが、私の服をくいと引いた。

「どうしましたか?」

「あ、えと……その……はやく、帰り、たくて」

 どうしたのだろうか。ぎゅうと服を掴む力は強い。

「気分でも悪いのですか?」

 顔を覗き込むが、返答はない。

「みなさん、チカさんが具合が悪いようですから、私が送っていきますね。申し訳ないのですが皆さんは各々で帰宅してください」

「ちぇっタク代浮くと思ったのに」

「しょーがないなー」

 まっすぐ帰るようにと言い含め、チカを車に乗せる。

「気分が悪かったら言ってくださいね」

 チカは小さくこくんと、うなずいただけだった。



 チカの自宅アパートには何度か送ったことがある。

 うつむくだけの彼女の代わりに鍵を開けた。

「もし明日も治らなければ、連絡してください。病院まで送るので」

 チカはゆっくりと自宅に入った。

 昼間までは元気だったが、日頃の疲れだろうか。

 幸い、明日はお互い休みだ。予定を見直す必要もない。

「ゆっくり寝てくださいね」

 玄関でうつむくチカを見送ろうとする。

「……プロデゥーサーさん」

 小さな声の呼びかけに、返事をしようとした。


 バチンッと目の前がはじける。





 頭が痛い。

 ひどい揺れに目を覚ました。

 ぐらぐらと世界が回っているようだった。

 地震だろうか。火の元は大丈夫だろうか。ガスの元栓は開けていたっけ。

「おぇ」

 食道をせりあがったものが口からこぼれる。

 気持ち悪さに、揺れも頭痛も、一連の症状であることに気づいた。


「プロデゥーサーさん」


 チカの声だ。

 返事をしようとするがひどい嘔吐感に口がふさがれる。

 チカがタオルをあてがってくれた。

「すみません。ボク、ちゃんと受け止められなくて。頭を打ってしまったみたいで」

 なるほど。倒れた私を介護してくれたらしい。

 しかし昨日は酒を飲んだだろうか。

 記憶を探る。

 昨日は、食事に行き、チカを送り、そして……。

「おぇっ」

 大きくえづいた。胃から出てくるのはもう液体だけだ。

 そうだ、昨日はチカに何かをあてがわれた。そこで記憶が止まっている。

 あのとき倒れてしまったのだろうか。

「プロデゥーサーさん。お水です」

「ぁあ、ありがとう、ございます」

 かすれ声でようやく返した。

 口の中が気持ち悪い。もらおうと手を伸ばす。

 かくん、と動きが止まった。

 腕がこれ以上伸びない。いや、動きが止められていた。

 カシャンと音の鳴るそちらに目を向ければ、金属の手錠で、腕がつながれていた。

 非現実的な景色に、頭が回らない。

「お水、どうぞ」

 ぐいっとチカの手でペットボトルを口につけられる。

 水が口内に注がれた。

「うっがぼっがっ」

 何も言うことができずに、おぼれそうになりながら水を飲み込む。

「大丈夫ですか?」

 何も返すことができなかった。

 ただ肩で息をし、酸素を取り込むことに必死になる。

 動こうとするが、どうやら足もつながれているらしい。

 しばらくして、ようやく自分が椅子に縛り付けられていることを把握する。

 横にされていたらゲロで窒息していたかもしれないな、とひどく現実逃避した。

「プロデゥーサーさん」

 チカの呼び声に頭をもたげる。

「頭、痛みませんか?」

 ずきずきとしびれるような痛みはまだ続いている。

 もしかしたら大きなこぶにでもなっているかもしれない。

 傷の確認がしたかった。

「これ、はずせますか?」

 手助けを期待したが、チカは私の問いを無視した。

「チカさっ」

 チカの手が私の口に何かを詰め込んでくる。

「ぅ“っぐ、ん“っ」

 ぐにぐにとした食感のそれを、吐き出そうとするが、チカにより口と鼻が塞がれる。強制的に嚥下させられるしかなかった。

「はっがほっつっげほっげほっ」

 気管に入りかけた何かに咳き込む。

「おいしいですか?」

 そう聞かれても、味わう余裕などなかった。

 しいて言うなら、慣れない味だろうか。

「愛情、たくさん入れたので」

「な、」

 チカはスカートのすそを持ち上げる。

 目をそらそうとした私は、しかし凝視するしかなかった。

 スカートに隠れていた太ももやふくらはぎ。そこには赤く塗れたガーゼがお粗末に張り付けられていた。

 ステージで踊っていたチカの清楚な足は、もうそこにはない。

 よく見れば、足だけでなく腕など、いたるところに赤黒いシミが滲んでいるではないか。

 その理由に、私は言葉を失った。

「はい、あーん」

 チカは赤い不格好な肉の塊をつまみ、私の口に持っていく。

 私は口を閉じようとするが、チカの指が割り込んできた。

 無理やり開口させられた口内に、塊を詰め込まれる。

「大好きですよ、プロデゥーサーさん」

 チカは、指を挟んだまま、私の顎を閉じさせようとした。

 やめさせなければ。

 その意図を理解した私は、最後の抵抗として顎を開けようとする。

「大丈夫ですよ」

 しかし、全力で私を支配しようとするチカの力は強かった。

「ボク、プロデゥーサーさんのことが大好きなんです」

 なぜこのようなことをするのか。私の疑問のまなざしに、チカは見つめ返す。

 強く、強く、鉄の匂いがする。

 なんてひどい香りだ。

「だから、誰にも渡したくないんです」

 チカは、顎を噛ませる力を強くした。

 歯のエナメルが、指の皮膚を撫でる。

 舌に絡む血肉が味蕾を犯す。

「プロデゥーサーさんもそうですよね」

 チカの鈴の鳴るような声が、痺れる脳髄に響いた。

 チカはひどく泣きそうだった。

 当然だとも。

「一緒に、いてくれますよね」

 不安な声は私の頭に降り注ぐ。

 答えは決まっている。

 私は、全てを飲み込んだ。






 私は、プロデューサーという仕事に誇りを持っている。

 だからどのような珍事、変事、惨事があろうとも、私がこの職を辞めることはありえない。

 チカがなくなってしまった後も、私はプロデューサーを続けた。


「ちゃんと私のステージ見ててよね!」

「もちろんですよ」

 新しく担当になった子は、高飛車だが、その分頂点に立つ気質を持っている。

 とてもかわいい子だ。

 ステージにあがるときは、必ずこのセリフを言う。

 強気な笑顔が、舞台袖の私にも注がれた。


 とてもかわいい子だ。

 魅力的な子だ。

 輝ける子だ。


 彼女のすばらしさが結果につながり、ファンが増えるほどに、私の職業的欲求は満たされていく。

 

 しかし、反比例するように、飢えが沸く。


 ああ、腹の底が、シクシクと哭いている。

 空腹で哭いている。

 ひどくかわいらしいおいしそうな子を前にして。

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推し肉! 染谷市太郎 @someyaititarou

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