推し肉!
染谷市太郎
「私がお肉になりました!」
私はプロデューサーという仕事に、誇りを持っている。
ステージの上で輝く少女たち。
舞い上がる歓声、踊る衣装、その日のために練られた楽曲。全てが、少女が光るために用意された。
そんな、アイドルを生み出すプロデューサーという職に、誇りを持っている。
「お疲れ様です!プロデューサーさん!」
「お疲れ様です。今日のステージも素晴らしかったですよ」
舞台袖へ駆けてきたマナミに、タオルと水筒を渡す。キラキラと輝く汗をぬぐうさまは興奮の余韻が残っていた。
「今日は一番の盛り上がりでした!」
「ええ、チケットも完売でした。順調にいけばメジャーデビューも間違いなしですよ」
「本当ですか!やったー!」
飛んで喜ぶ姿は何よりもかわいらしかった。
マナミは私が担当するアイドルたちの中でも、一番の明るさを持つアイドルの中のアイドルだ。見ているだけで元気を貰える。
「さ、ファンの方々が待っていますから、お見送りしましょう」
「はーい!」
はちきれんばかりの笑顔は飛び切りかわいらしい。
プロデューサーの私でさえも推してしまうほどに、マナミは世界一のアイドルだ。
だから食べることにした。
「おはようございます。マナミさん」
「……ん……プロデューサーさん?」
ゆっくりと、まぶたを持ち上げたマナミは、きょろきょろと周囲を見回している。
「ここ、どこですか?」
「私の家ですよ」
「え?」
白い照明が天井から降り注ぐ。台の上で寝かせられたマナミは、まだ状況が理解できないらしい。
仕方がないだろう。この部屋は少々潔癖すぎるほどに生活感がない。しかしそれもこれからの作業に必要な環境だ。
テーブルに並べられた器具のうち、ちいさなナイフを手に取った。
「あ、あ、なに、するんですか?」
「足を切ります」
「え?」
呆けるマナミの太ももに、私はナイフを滑らせた。
医療用のメス同様、非常に切れ味がいいナイフだ。摩擦もなく皮膚と肉はぱっくりと裂かれた。
「え?あ、あ、あ、あっ」
こぼれる血液に、マナミは目を丸くする。
ぽたぽたと出血が銀色のバケツに落ちた。
あらかじめ切断部の上部を締めあげたので、出血は比較的少ない。しかしマナミが貧血を考えるとゆっくり行う暇はない。
積んできた経験を活かし、素早く骨を残して切開した。
「い”っ……ああっ……やめっ」
マナミは遅れてやってきた痛みに涙を流している。
なだめるため頭を撫でれば、縋りつくように頬を擦りつけた。
暴れる体は四肢の拘束により動けない。
「大丈夫ですよ、マナミさん。もう少しですから」
私は斧を露出した骨にあてがった。右手で持った金槌を振り上げる。
「あ゛ああぁぁぁぁっっっ゛」
喉から絞り出す悲鳴が響いた。
斧はざっくりと台に食い込んでいる。
よかった。ちゃんと切れたみたいだ。
つながりが無くなった足をまな板の上に乗せる。
止血は成功しているようだ。マナミは青ざめながらも意識を保っていた。
「あ、あし……あし……」
「はい、マナミさんの足ですよ」
まな板の上に転がる、きれいな足を撫でる。ムダ毛のない皮膚。ステージの上ではスカートと靴に飾られ、かわいらしいステップを踏んでいた。
人形のように形がいいが、足の裏にはダンスレッスンの痕跡が残っている。マナミの足だ。
「なんで、プロデゥーサーさん、なんで……」
「マナミさんがかわいいからですよ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をぬぐってあげる。
切断部からの断続的な痛みに、体中冷たい汗をかいていた。そんな汗も、マナミの輝きの一端だ。
マナミは理解できないようで、目を逡巡させていた。
そんな、少し天然なところも、彼女の魅力だと思う。
「う、うそですよね、プロデューサーさん、何かのドッキリですよね」
「どうしてですか?私はマナミさんはかわいいと思いますよ」
「だって、だって、メジャーデビューするって、私を世界一のアイドルにするって」
「はい。マナミさんは飛び切りの原石ですから。世界一のアイドルになれますよ」
「じゃあ、なんで、あし」
「マナミさんがかわいいからですよ」
マナミさんがかわいいから、足を切った。
マナミさんがかわいいから、皮を剝いだ。
マナミさんがかわいいから、肉を削いだ。
マナミさんがかわいいから、骨を砕いた。
全部、全部、血の一滴も余すことなく皿の上の料理に仕上げる。
「かわいいですよ。マナミさん」
食べてしまいたいくらいに。
今回の推しは今までで一番の子だった。
きっとこれからも現れないだろう。
私はその一片一片をかみしめながら平らげる。
やはり推しのお肉はとてもおいしい。
ご馳走様マナミさん。あなたのプロデューサーになれてよかった。
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