【ショートショート】打ち上げ花火のそのあとで【2,000字以内】

石矢天

打ち上げ花火のそのあとで


 今夜、ぼくは彼女にプロポーズをする。


 彼女と付き合いをはじめたのは大学の二回生の頃、キッカケはサークル。

 交際期間は7年とちょっと。

 気づけば二人とも大台が目前となり、『結婚』の二文字を意識し始めている。


 どこにでもある普通の出会いをした、どこにでもいる普通のカップルだ。


 ちょっと普通と違うところがあるとするなら、彼女が『サプライズ好き』だということ。


 家に帰ったら背中に包丁が刺さった彼女が血まみれで倒れていたり。

(もちろん包丁と身体の間にタオルが挟んであったし、血は全て絵の具だった)


 彼女の家に遊びに行ったら、知らない男の人が部屋の隅に無言で座り続けていて、彼女に訊いても「なんのこと?」って見えないふりをされてみたり。

(なんと、弟さんに協力してもらっていた)


 ある朝、目が覚めたら高級ホテルのスイートルームのベッドにいたり。

(前日にしこたまお酒を飲まされた理由がわかった)


 兎にも角にも、人を脅かすことが大好きな彼女のサプライズに、僕のビビりな心臓は何度も悲鳴を上げさせられてきた。

 その度に、彼女はとても楽しそうに笑うのだ。


 ぼくもプロポーズのときくらいは、彼女を驚かせてみたい。


 そこで考えたのが『打ち上げ花火』だ。

 調べてみたら、打ち上げ花火は個人で依頼することができるらしい。


 プロポーズ花火:10万円


 打ち上げ花火が30発。

 1~2分で終わるのものらしいが、プロポーズの演出としては十分だろう。

 お値段も……まあ安くはないけど手が出ないというほどの金額ではない。


 一生に一度の晴れ舞台。これくらいのお金をケチケチしているようでは男が廃る。

 何カ月も前から入念な準備をして、ついにその日がやってきた。




 待ち合わせの時間から5分ほど経って、彼女が小走りでやってきた。


「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」

「大丈夫。ぼくも今ついたところだから」


 大嘘だ。

 逸る気持ちを抑えられず、ぼくは待ち合わせ時間の30分前からここにいる。

 待っている間も、花火を用意してくれている会社に電話をして、打ち上げ時間の確認をしていた。


「こんなところで待ち合わせなんて珍しいね」

「たまには夜景もいいでしょ?」


 街が一望できる小高い丘の公園。

 夜はあまり人がいないからプロポーズにもうってつけだ。


 なにより、ここからは花火がよく見える。


「ふふっ。なぁに、急にロマンチックなこと言っちゃって」

「た、たまにはそんなときもあるさ」


 ぼくは時計を確認する。

 あと1分くらいか。


「ふぅん。まあいいけど。……こうしてると、学生時代を思い出すね」

「そうだね。あの頃はお金が無くて、公園デートばっかりで」

「そうそう。学生向けの居酒屋がたまの贅沢で」


 7年もの間にぼくたちも変わった。

 ふたりとも就職して、それなりのお金は貰えるようになって。


 のこり10秒。


「今日は見せたいものがあるんだ。あっちの空、見てて」


 ひゅうううううぅぅぅぅ、パーーーン!

 ぼくが指を差した先に、タイミングよく花火が打ち上がった。


 2発、3発と打ち上がる花火。


「わあああ! すごい!! 今日って花火大会の日だっけ?」


 彼女が目を輝かせている。

 今日まで頑張った甲斐があるというものだ。

 彼女の質問にはあえて答えず、ぼくは内ポケットに入れた小さな箱に手を伸ばす。


 定番だけど、箱には婚約指輪が入っている。


「花火大会なら、この公園にもたくさん人がくるよねぇ」

「そうだね」と相槌を打つぼくの顔は、きっと人生で一番ニヤけていたことだろう。


 ぼくは花火の数を数える。

 20発、21発、22発。もうそろそろだ。


「もしかして、これってサプライズ?」

「んー。どうかなあ」


 さすがに気づかれた。だけど本当のサプライズはこのあとだ。

 最後の花火が上がったら、この婚約指輪を渡してプロポーズをする。


 28発、29発、30発。


 よし、ここだ。

 ぼくは大きく息を吸った。


「ぼくとけっこ――」


 パーーーン! パーン! パーーン!


 ぼくの一世一代のプロポーズは花火の音にかき消された。

 

 数え間違った?

 いや、そんなはずはない。


「ん? なにか言った?」

「いや、その……あれ?」


 35発、36発、……終わるはずの花火が、止まらない。


 なにかの手違いだろうか。

 慌てるぼくの顔を、彼女がニヤニヤと見てくる。


 いつもの、あの顔だ。

 サプライズに引っかかったぼくを見るときの、いつもの笑顔が目の前にあった。


「あっ! 見て!!」


 彼女の指差す先には。

 ハート形の花火がいくつも打ち上がっていた。


 ああ、やられた。

 彼女には、ぼくの考えたサプライズなど全てお見通しだったのだ。

 



          【了】




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1話(5,000~6,000字程度)で全10話完結。

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【ショートショート】打ち上げ花火のそのあとで【2,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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