The Last Firework

大隅 スミヲ

最後の花火

 冷たい風が吹いていた。

 男はロングコートの前を閉じて防寒をすると、遠くを見つめるような仕草をしている。

 すでに陽は沈みはじめ、朱色の空は黒く染まりはじめていた。


「あいつ、いつまでいるつもりなんだ?」

但馬たじまさん、彼をあいつって呼ぶのはまずいですよ」

「なんでだよ、三上みかみ。別にあいつは俺たちの上司ってわけじゃないだろ」

「それはそうですけど」

「お前は肩書きに弱いタイプだな」

 但馬はそう言って笑うと、助手席のシートをリクライニングさせて寝そべるような形を取った。


 男が河川敷かせんじきに姿を現したのは、昼過ぎのことだった。

 立ち入り禁止の黄色いテープをくぐって現場に入ってきた男は、中で作業をしていた但馬と三上に会釈えしゃくをしてみせた。


 背の高い男。それが第一印象だった。おそらく180センチ以上はあるだろう。年齢はおそらく20代後半ぐらい。スーツの上に紺色のロングコートを羽織っていた。


「おい、ここは立入禁止区域だ」

 威圧するような声で但馬が男にいう。

 ゆっくりとした歩調で近づいてきていた男は、但馬の言葉に足を止めた。


「すいません、我々は警視庁上板橋署の者です。なにか身分がわかるものはお持ちですか」

 但馬の脇にいた三上は丁寧な口調で男に話し掛けると、自分の身分証を提示しながら男に近づいた。


 男はコートのポケットから革製のカードケースのようなものを取り出し、近づいてきた三上に見えるように中を開いて見せた。


「し、失礼しましたっ」

 男の提示したものを見た三上は声を張り上げて、直立不動になると敬礼をしてみせた。

 少し離れたところにいる但馬は、何事だといった顔で見ている。


 警察庁特別捜査官、久我くがそう。男の見せた身分証には、そう書かれていた。

 長身の男こと、久我は警察庁長官直属の特別捜査官であり、すべての事件に対する捜査権限を持つ存在だった。その肩書きについては、警察官であれば知らない人間はいないが、三上も但馬も特別捜査官を見たのは初めてのことだった。


「私はひとりで捜査をおこないますので、三上巡査部長たちは捜査を続けてください」

 久我はそう言うと、三上たちとは別の方向へと歩きはじめた。


 ちょうど、そこはヨシが生い茂っているエリアであり、背の高い久我であっても胸から上ぐらいしか見えない状態となっている。



 いまから三か月前、この河川敷でひとりの中年男性の死体が発見された。

 死体はTシャツにジーンズという格好であったが、身分証など身元が分かるものは一切身に着けておらず、身元不明のままであった。

 死体の損傷は激しかった。発見されるまでの三か月の間に、野生の動物などに死体が荒らされたためと考えられているが、死因についてはわかっていなかった。


 葦の生い茂る中で、久我が見つけたのは小さなライトだった。

 手のひらに収まってしまうぐらいの小さなライトだったが、久我はそのライトを大事そうに手に握ると目を閉じた。



 闇の中。

 大きな音が聞こえる。

 空を見上げる。

 明るい光が時おり見える。

 赤、青、黄、紫など色とりどりの光。

 花火だ。


 この場所は花火を見るには、ちょうどいいスポットだったようだ。

 周りには人もいない。

 誰もこんな葦の中に入ってまで花火を見ようとは思わないのだろう。


 花火を見上げていると背後に気配があった。

 久我は振り返ったが、隣にいる男は気づかないようで空を見上げたままだ。


 若い男がふたりいた。年齢は高校生ぐらいだろうか。

 彼らはニヤニヤと笑いながら、男の後ろ姿を見ている。

 何かをささやき合っているが、花火の音でその声は聞こえない。


 右側にいた男が落ちていた拳大こぶしだいの石を拾い上げる。

 その際、男の手の甲にタトゥ―が入っているのが見えた。

 小さな星のような図柄だ。



 久我は小さくため息をついた。

 目を開けると、すっかり辺りは闇に包まれていた。

 久我総。彼は物に残された思念――通称、残留ざんりゅう思念しねん――を読み取って事件の捜査を行う特別捜査官だった。

 小さなライトが被害者のものであるかどうかはわからなかったが、何か引っかかるものがあり残留思念を読み取った。それが正解だった。


 犯人は、近所に住む板金工の少年と私立高校に通う高校生だった。

 警視庁上板橋署が、久我の見たタトゥーの模様から板金工の少年を見つけ出したのだ。


 被害者の持っていた財布は現金を抜き取った後、川の中に捨てたということで、警視庁のダイバーたちが朝早くから川に潜っている。


 被害者は花火マニアであり、全国の花火大会を車でまわって見ることが趣味の男性だった。

 会社は早期退職しており、独身であったことから、悠々自適な車上生活を続けていたようだ。

 しかし、それが今回の仇となった。捜索願などは出されておらず、身元判明まで時間がかかってしまったのだ。



 彼は幸せだったのだろうか。

 残留思念の中で、彼の見た最後の花火を見上げながら、久我はそんなことを考えていた。

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The Last Firework 大隅 スミヲ @smee

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