恋文風に恋する

ブロッコリー展

第1話

鳴かぬ蛍が身を焦がす。素敵なことわざだと思う。



胸の中に秘められている状態の思いって純正だと思う。



恋は誰が発明したのか。少なくとも恋が人を生んだ。



僕は顧客からの依頼に応じて恋文を書いている。堅苦しく書くのが僕のスタイルである。



恋文上の恋とは常に堅苦しいものであるべきだと僕は思っている。



したためるって真に筆先を振るわせる行為のことを言うのかもしれない。



令和に恋文もないだろうと言われるかもしれないが、これでなかなか需要がある。



どうやら美しい言葉に回帰したがっているようだ。



美しい恋はいつだって時代を超える。



『恐れながら申し上げます』



なかなかの堅苦しい書き出しだ。指示語と倒置法は使ったことが無い。恋言葉にしか使えない文字をできればつくりたい。



毎日何枚も書く。夕食は抜く。おのずとテンプレが遠ざけられる。



僕が恋文士の資格を取得したその頃はまだ、僕以外にはこの資格を持っている人はいなかった。



恋文士の資格が例えば、就職とか、出世とか、ローンの審査とかに、有利に働くことってまずない。



僕は女の人が一番落ち着ける場所で上品に頬を染めてゆきながらゆっくりと読んでもらえる感じをイメージしながら書く。



二度読みさせないのがコツ。付け文、矢文、それはなんでもいい。女の人が一度で読みきって、読み返さずに恋文を胸に抱いてくれるのが理想である。



大事なことは一度しか言わないほうがやっぱりいい。人生で一度ならなおいい。



読み返させない文章を意図して書くというのは、それも熱い思いをわずかでも削ぐことなく書くというのは、なかなか難しい作業だ。



僕は10年かかった。



基本的に僕は依頼人には会わないし、料金は取らない。



メシ食えないくらいが恋にはちょうどいい。



僕は日に何度も恋をする。さまざまな恋である。



展開力はいっさいいらない。展開はそのあとの二人の仕事である。



『少し欲張りがすぎるのかもしれません』と締めくくり



またひとつ書き終えることができた。



部屋の中にはクシャクシャの試行錯誤が散らばっていた。



僕はその一つ一つを拾い集める。



書き終えたんだなとそこではっきりと分かる。



人間には利他的になれる瞬間がある。恋はそれを示唆している。



もう少しつづけようかなとそんなことだってその時には思う。

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