第32話 月巫女編 旅籠屋
日が沈みかけ空が暗くなりつつある
蒼蒔たち一行は宿場町にある
江戸時代から営業しているらしく大きくて立派な佇まいである。
「ふぅうー疲れたぁああ」
幽姫が畳敷きの部屋にどっしりと腰を下ろす。
「疲れたよなー今日は早めに着いたしゆっくり休もうぜ」
ここの旅籠屋は温泉の内湯が名物だって女将さんが言っていた。
まずは湯に浸かって身体の疲れを落とそう。
「僕今日は疲れちゃったからお風呂いいや。」
「大丈夫か?」
「うん、部屋で休んでるー」
幽姫を部屋に残して温泉へ向かう。
階段を降りて廊下を進むと「男」「女」と書かれた
俺と剛善さんはもちろん男の方を潜った。
木造りの脱衣所があり着物を脱ぐ。
脱衣所を出ると広くて立派な露天風呂があった。
月明かりが湯に反射して足をつけると程良い温かさに包まれる。
ん?先に誰か入っているな。
湯気が濃くてよく見えないが。
「お?」
月光に照らされてキラキラと輝く青く長い髪、色白く滑らかな体の曲線。形の良い柔らかな二つのふくらみが動きに合わせてわずかに揺れる。
女神のような美しさに思わず目が釘付けになる。
「きゃあああ!!!」
水色の怪気を込めた平手打ちが俺の右頬に直撃する。
バチッーン!!!という鋭い音と共に湯の外まで吹っ飛ばされた。
「痛った!!」
「先輩の裸を覗くとは何事かー!!」
「えっ違っ」
何で男湯に一花がいるんだよ・・・。
俺の右頬は赤く手形がついてジンジンと痛む。
温泉の入り口をよく見てみると男用の脱衣所と女用の脱衣所の入り口が二つ並んで一つの温泉に繋がっていた。
ここの温泉って混浴かよ!!
「見えてませんでした!本当です!」
湯気と夜の闇のおかげで大事なところは上も下も見えていない。
「なんで蒼蒔が女湯に入ってくるんだ!」
「見てください!ここは混浴なんです!」
一花も入り口を見て気がついたようだ。
「なんてことだ、内側が繋がっていたのか」
「そういうことみたいです。」
一花は恥ずかしそうに前を手拭いで隠して座り込む。
「あはは、強めに平手打ちして悪かったな蒼蒔」
笑い事ではないぞ!生まれて初めて女性に平手打ちされたんだ!
「なんで男湯に一花がいるんだ?」
遅れて剛善さんも入ってきて俺たちの方を見て何事かと驚いているので混浴だということを教えてあげる。
「お前らあっち向いて入れよ、私の方を向いたら殺すからな!」
ひぃいいい!怖すぎる!
俺と剛善さんは仲良く一花と反対の方向を向いて湯の中に座る。
ふぅぅうう。やはり温泉はいい。
身体の疲れも汚れも湯に溶け込んでいくようだ。
俺たちはしばし無言で温もりを堪能する。
「なあ蒼蒔」
思わずうとうとしていると剛善さんに話しかけられる。
「なんですか?」
「お前の流派は野良の手だって言ってたよな」
俺の流派、千年裏真流は野良の手だ。六大流派でもその分家でもないからだ。
「そうですね」
「野良の手が嫌なら剛寂流の分家にならないか?金は取らない」
剛寂流の分家になればもう野良の手とは言われない。
嬉しかった。でも・・・
「嬉しいんですけど俺のじいちゃんはそういう分家とかまったく興味なくて」
じいちゃんはきっと断ると思う。千年裏真流に誇りを持ってるし俺以外の弟子を持つ気も無かったからな。
「そうか、それは残念だ。せっかく実力があるのにな。野良の手ってだけで見下してくる連中も多いだろう。」
それは入団試験の時に痛感した。あんなにも差別されるとは思わなかった。幽姫がいなければ俺は組を作ることさえ出来ずに脱落していただろう。幽姫、一花、剛善さんが俺を差別せずに仲間として認めてくれるのが幸いだ。
「覚悟しています。」
「うむ、いつでも分家になりたかったら俺に言うといい。すぐに分家にしてやる。」
「ありがとうございます」
剛善さんって優しいよな。いい兄貴って感じだ。部下の面倒もよく見てくれるし、先頭に立って率先して俺たちを守ってくれるし。
「俺は努力してるやつが不当に評価されるのが嫌いだ。出自や肩書きなどではなく、その人の実力で評価されるべきだ。」
バシャッ
剛善さんが立つ。
身体からもくもくと白い湯気が立ち上る。
「ふうー熱くなったから先に上がってるな」
「俺はもう少し入ってます」
「風呂の中で寝て溺れるなよ?」
「はは、気をつけます」
この広い温泉で一花と二人きり。
ん?なんかドキドキしてきたぞ。
やっぱり俺も上がろうかな。
「蒼蒔」
ビクッ!一花に名前を呼ばれて慌てる。
「武人っていいやつだろー」
それはたしかに。
「そうだな」
「正義感も強くてさ。あいつは私の大切な親友だ」
そういえば一花と剛善さんは同期なんだっけ。俺と幽姫みたいなもんだな。
「さて私も上がろうかな」
バシャッ
立った音がする。
「こっち向くなよ」
「分かってるって」
水の音が俺に近づいてくる。
ん?歩いてきてる?
「絶対振り向くなよ」
一花の声が近い。
「えっ?ちょっ一花さん?」
柔らかな肌が俺の肩に触れる。
「なっちょっまっなにっ!?」
何やっちゃってんの??めっちゃドキドキするんだが!!
熱い吐息が首筋を撫でる。
「さっき平手打ちしたおわびだ。」
チュッ
首の後ろに何か柔らかくて湿ったものが触れる。
「あっあがっああっ」
心臓が爆発しそうで言葉にならない!
顔が熱くなり火が噴き出そうだ。
「武人と幽姫には内緒だぞ」
俺はうんうんと激しく首を縦に振る。
「じゃあ先に上がってるな」
一花が湯から出て脱衣所に消えた。
俺は全身の硬直がとれてグッタリと湯に寝そべる。
なんか人生の中でとてつもなく尊い出来事があった気がする。
あーのぼせそ。
頭がくらくらしてきた。鼓動がずっとバクバクしてるし。
俺も上がるか。
風呂から出ると、もう部屋に夕飯が運ばれて来ていた。
白米、湯葉と菜の味噌汁、ゴボウ・椎茸・人参・厚揚げの煮物、大根の香の物、
美味しそうだ。温泉の後に食べるなんて贅沢だな。任務中であることを忘れそうだ。
剛善さんはチロリで熱燗を呑んでいる。
「武人〜任務中なんだから呑みすぎるなよ〜」
「大丈夫大丈夫〜二升ぐらいにしておくさ」
二升でもかなり多いだろ。と思ったがこの前は酒樽で呑んでたからこれでも控えた方なのだろう。
「蒼蒔の顔に手形ついてるけどどうしたの?」
幽姫が俺の顔を見て不思議そうに訊く。
「あれは私の裸を見た天誅だ。」
「見えてなかったし!」
さっきのおわびを思い出して再び赤面してしまう。
「うわー、一花ちゃんの裸を覗くなんて蒼蒔スケベ!なんか顔赤いし!!」
「違っそれは混浴で・・・」
必死に言い訳する俺を見て一花が爆笑していた。
俺たちは美味しい料理に舌鼓を打って布団に横になった。
ぐっすり寝てまた明日から走ろう。
出雲までもうすぐだ。
怪手の藍(かいしゅのらん) 八太郎(やたろう) @cocotoboku
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