二重の目覚め
──村を出て、もう幾日が経ったのだろうか。
そう思うのは金色に靡いた長髪を抑える少女だった。村を出た当初は肩ほどで切り揃えられていた髪も旅の中で少し伸びている。吹き抜ける風に逆らい、髪を抑えながら瞳を輝かせている少女の名をアルシエルという。愛称をアーシェという少女だった。
『
またの名を消滅の魔女。
そんな彼女から『ペンダント』と使命を託された少女が崖の端に立ちながら、整った容姿を涼やかに魅せて目を細めている。
「──見えてきたよ、アン」
アーシェが胸元に下げた『ペンダント』に向かって呟いた。
場所はアルフラーデ聖王国と呼ばれる、辺境にある一国の領域内だった。
世界樹の森。聖樹の森。
あるいは、エルフ族の聖域。
そう並び称される風景を眺めながら、アーシェの金糸のような髪がサラサラと風に靡いて流れた。
季節は変わらない。
春が少しばかり過ぎているが、うららかな日差しと風は未だ変わらずにここにあった。もうしばらく経てば暑い日差しと気温に閉口するかもしれないが、今はまだ先の話だ。
それでも照り付ける陽光は眩しい。
左手を頭上に翳して僅かに遮りながら、アーシェは眩しさに瞼を細める。
眩しさに慣れてきた視界を覆う光が晴れれば、息を呑む壮観な景色が広がっていた。
──崖から一望する先。
自然豊かな大森林の光景が広がっている。
そんな中に、一際の異彩を放っている巨木があった。
大森林は豊かな土壌を謳歌するように、木々が青々と乱立している。アーシェの住んでいた森よりも二回りほどは木々が大きいのではないかと思えるその中に『ソレ』はあった。
世界で唯一の特殊な巨木。
大自然の心躍る風景の中に、一際目立つ異様に大きな『木の幹』。
木の幹を視線で辿って見上げれば、遥か頭上にある雲すら突き抜けて伸びている。そのせいで地上に生きる者たちには頂上を見せる事すらない、圧倒的な巨樹。
「──あれが、
見惚れながら呟いたアーシェの言葉に、ペンダント──アン=カタリアが追従する。
『そうです。『
颯爽たる風に吹かれる世界樹の背丈はあまりにも大きい。
アーシェは今、大森林を『見下ろせる』ほどの高さを持った崖に立っている。だというのに、当たり前の話ではあるが、世界樹はそこから逆に『見上げ』なければいけないほどに大きかった。
広く大きく枝分かれした『枝葉』の先には、青々とした葉が陽光に照らされて輝いている。
たかが枝から伸びた葉が青空を覆い尽くしてしまうのではないかと思うほど、途方もない規模とスケールで広がる枝葉という光景に言葉が失せてポカンとした表情を浮かべてしまう。
まさしく規格外。己は小人であったのだと痛感させられるスケールを前に唖然とするアーシェがこの場所に来たのにも理由がある。
──約束があるのだ。
思い返しながら、アーシェは胸元のペンダントを強く握りしめた。
「シーラは、もう待ってるよね」
『せっかちな人ですから、遅すぎると怒ってるかもしれませんね』
やれやれと肩を竦めそうな『ペ
──あの日から、アーシェがシーラに使命を託された日から、もう1ヶ月以上が経過していた。
この先に何が待つのかアーシェは知らない。
それでも前に進もうと思えるのはただ一つ。好奇心に赴くままに、知りたい気持ちに従って一歩を進める。
「いこっか」
『ええ、行きましょう』
トン、と踏み出す先は大空だ。衣服が風に煽られて
崖から飛び出せば真下には樹海が広がっている。虚空に身を投げ出しているのだから、普通はこのままでは自由落下に任せるしかない。それでも、魔女の一端となったアーシェは別の手段があった。何もない筈の虚空に漂う魔力を踏み締めて前に進む。
一歩一歩を踏み固めながら、太陽が輝く青空の下で今日も前に進む。
アーシェの旅路は、まだまだ始まったばかりだから。
九つの世界を巡る冒険 風梨 @fuuri2022
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます