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めへ

突破口

真紀は会社の屋上にいた。


よく晴れた日の、そこから見える都会の風景はとても穏やかに見える。


健康的な風景が、より自分を異物の様に感じさせた。


視線を下へ向けると、人や車がとても小さく見えた。

足を一歩踏み出せば真っ逆さまという状態。

この高さなら、落ちて死ぬことは確実だ。


自分が発達障害と知ったのは、大学を卒業して最初に勤めた職場を辞め、精神科で診断されてからだ。


それまでもずっと、自分は皆よりどこか、何か足りてないと感じる事が多く、周囲に馴染めなかった。

就職してからは、より上手くいかない事が増えた。

仕事を覚えられない、人の話を聞きこぼす、話しかけられても気付けない、他にもあった気がする。


とにかくそういうわけで、診断後は障害者雇用でこの会社に雇われた。


障害者雇用とはいえ、合理的配慮などあって無いようなものだった。

扱いは健常者雇用同様で、待遇、給料などだけが、おそらく生活保護費よりも低い。


そして辛いのが皆、真紀と仕事をする事に疲れ、うんざりしている事だった。

最終的に彼女は閑職へ追いやられ、まともに仕事に触らせてもらえなくなった。


自分はなぜ皆が当たり前に、普通にこなせる事もできない様な人間に産まれてしまったのだろう。

そうだ、死のう。ひょっとしたら来世というものがあり、次は健常者に産まれる事ができるかもしれない。


産まれてすみません、太宰治のような事を日々心で呟きながら、そして今ここにいる。


一歩踏み出そうとした時、急に視界が開けた。


私が死んだら、皆どう思うだろう。


きっとお荷物が居なくなったと喜ぶに違いない。


そう考えると、怒りが湧き上がり、死ぬことを癪に感じ始めた。


自分は周囲に対して、申し訳ないと思っていたのではない、憎しみを抱いていたのだ。


ある日、頼まれ買ってきた缶コーヒーがカフェオレではなくブラックだったという理由で、再び買いに行かされた事がある。


奴らはそうやって、当たり前の様に配慮してもらえる。

なぜならこの世界は健常者を基準に作られているから。

私は頭を下げ、媚びへつらい、それでようやく配慮を得られるのに。それも不十分な。


奴らはふんぞり返って、当たり前の様に配慮されるのだ。

そしてカフェオレが良いのにブラックを我慢して飲むという、ちっぽけな我慢すらせずに生きてこれた。


ブラックくらい我慢して飲めよ!

私がこれまで、どれだけお前らに我慢してきた事か。

ああ、思い知らせてやりたい。


何も耐えず、何もかも思い通りに、快適に楽しく生きてきたであろうあいつらに、私の苦しみを思い知らせてやりたい。


何で私が死ななきゃならないんだ。


障害者の「障害」は、社会に在るという意味だと、病院でカウンセラーが言っていた。


私の扱いが大変であるのも、社会に障害があるせいだろう。


私は何も悪くない。



そう思い至ると、体に力がみなぎってきた真紀は、踵を返し新たな決意を固めた。



翌朝、真紀は誰よりも早く職場に来ていた。


そして、自分の次に来た職員を持ってきたナイフでめった刺しにして殺した。


そうやって、次々と出勤してきた職員をめった刺しにしたり、殺さない程度に痛め付け腕を切り落とす等とした。


真紀に仕事を教える際「あんた疲れるわ」とうんざりした顔を向けた職員には、「見ただけで内容覚えられるのがそんなに偉いか?!」と言いながら目を潰し、一生盲目で生きるしかないようにした。


「電子マネーの登録はできるのに、何で仕事は覚えられないの」等と、嫌みばかりを言っていた職員は生きながら両足を、ナイフでゆっくりと切り落としてやった。


それら真紀への扱いすべてを良しとし、自分を閑職へ追いやった社長を拷問し、金庫の暗証番号を聞き出した。


身体中切り裂かれ、片目をくりぬかれた社長を置いて、およそ五千万を手に入れた真紀は、その足でタクシーに乗り空港へ向かった。


よく晴れた日だった。


あの日屋上に立った時と違い、心は清々しい。


健康的な風景に自分が非常に馴染んでおり、世界の一部なのだと感じられた。


はっとしてパスポートを確認すると、期限が切れておらず胸をなでおろした。

うっかり確かめるのを忘れていたのだ。


警察が空港に到着したのは、真紀がとっくの昔にゲートをくぐった後だった。


その後、真紀が逮捕されたという話は聞かない。









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