第5話

   

「ああ、またこの場所か……」

「『また』じゃなくて『まだ』でしょ? 寝ぼけないで! 私たちの武蔵野ツアーは、まだ始まったばかりよ!」

 この会話も、もう何度繰り返したことか。10回まではカウントしていたが、それ以上は数えるのも嫌になった。

 今日の夜、一日のツアーの終わり頃に意識を失って――おそらく死んでしまって――、この場所と時間に戻ってくる。俺はそんなループに陥っていた。


 最初の数回は死亡回避を試みていた。しかし、今回みたいに道端で刺されたり、あるいはタクシーに轢かれたり、駅のホームから転落したり。死亡パターンも様々であり、いくら頑張っても「秋葉原で死ぬ」という事象に行き着くのだ。

 ならば、秋葉原へ行かなければいいのではないか。香織かおりの「まだ時間あるし、最後に秋葉原に寄ろうよ」という発言が運命の分岐点ではないか。

 そんな考えから「もう帰ろう」と主張した時もあるけれど、香織かおりは聞き入れてくれなかった。俺が頼めば頼むほど、意地になって「絶対に行く!」と言い出す始末。

 どうしても香織かおりが秋葉原へ行きたがる以上、その時点から彼女と別行動というパターンも試してみた。喧嘩別れみたいな形で、香織かおりだけ秋葉原に行かせてしまうのだ。

 その場合、もしかしたら俺の代わりに香織かおりが死ぬかもしれない。そんな可能性もチラッと頭に浮かんだが、それは杞憂だった。香織かおりと別れて一人で帰ろうとしても、家に帰り着く前に俺は死んでしまい、やはりスタート地点に戻るのだった。


「そろそろお昼だから、もう『始まったばかり』じゃないけど……。でも、この武蔵野ミュージアムがスタート地点だからね」

 俺の事情も知らずに、香織かおりが明るく言い放つ。まさに『この武蔵野ミュージアムがスタート地点』という状況だ。

 今では少し考え方を変えて、もう死亡回避は諦めて「このスタート地点に何かあるのではないか」と考えるようになっている。

 武蔵野ミュージアムには不思議な魔力があり、俺たちはそれに取り憑かれたのではないだろうか。そんな解釈だ。

「さあ、めいっぱい武蔵野を楽しむわよ! 気分はエンドレスってくらいに!」

 いつものように香織かおりは、可愛らしく手を広げている。

 まさにエンドレスのループだが、そちらが彼女の言う通りである以上、前者も同じかもしれない。俺たちが武蔵野をめいっぱい楽しむことこそ、ループからの脱出条件なのかもしれない。

 そう考えて、俺は武蔵野ツアーを満喫しようと努力している。




(完)

   

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武蔵野をめいっぱい楽しむツアー 烏川 ハル @haru_karasugawa

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