依頼その3:視聴覚室に出る幽霊!?
「それは……今度こそ、心霊現象だ!! すぐに現場へ向かう!」
うれしくてたまらないといった顔をしたキョーヤは、はじかれたようにイスから立ち上がった。
そのまま教室から出ると、廊下を走り出す。
いつもは「先生におこられるだろ」とかマジメなことを言うクセに、こと幽霊の話になったらルールも忘れちゃうらしい。
そう、今日のご依頼は、真っ暗な視聴覚室で幽霊を見たという、目撃情報だったのだ。
「で、幽霊はどこだ!?」
「えっとね、ここのカベを伝うように、
「なるほど。真っ暗なのに、どうして幽霊って分かったんだ?」
「それがね、光ってたんだよ!」
「光ってた?」
「うん! 幽霊は黒かったんだけど、そのまわりがボヤーって光って見えるかんじ」
「まわりが光る……か」
今日の依頼人の男子たちから、ひと通りの話を聞き終えて。
しばらくカベや掃除用具入れの裏を調べてみたり、カーテンを閉めたりしていたキョーヤは、すぐに期待がハズレたような顔をして戻ってきた。
「これは……たぶん心霊現象じゃない」
「えっ、もうわかったの!?」
「ああ」
ガッカリ感丸出しの顔のまま窓を全開にすると、なぜか、かけられた黒いカーテンだけを閉じてゆく。
「たぶんこのあたりに……やっぱり、穴がある」
キョーヤはポケットから巻き尺を取り出すと、幽霊が出たというカベからカーテンまでの長さを測る。
そして愛用の関数電卓を取り出すと、ものすごい速さで打ちこんで計算を始めた。
関数電卓っていうのは、普通よりももっとすごく複雑な計算ができる電卓らしい。
「ああやっぱり、この季節に、あの時間帯ならありえるな……」
何やら自分ひとりだけが分かったふうで、キョーヤはボソボソつぶやいている。
すっかりテンションが下がった様子におかまいなしに、男子たちは興奮したように口々に声を上げた。
「心霊現象じゃないって、どういうことなんだ!?」
「もったいぶってねーで、はやく教えろよ!」
「いいけど、超つまんないぞ……」
あの幽霊の正体は、カーテンに空いた小さな穴がレンズみたいになって、窓の外の景色がカベに映し出されたものだったらしい。
ピンホールカメラの原理といって、昔はカメラにも使われていた仕組みなんだって。
「へええ、レンズなくてもカメラってできるんだな!」
しきりに感心する男子たちに構わずに。
わたしはテレビで見たイケメン数学者がトリックをあばくドラマを思い出して、思わずツッコミを入れた。
「……でも普通こういうときの計算って、いきなり壁とかにバリバリ式とか書きはじめるやつなんじゃないの?」
「そんなことしたら先生に怒られるだろ」
当然のようにあきれた顔を向けられて、わたしはムッとする。
「だって、キョーヤは
「めんどうごとはごめんだね。それに途中で計算ミスしたらどうする。便利な道具があるのなら、積極的に利用するべきだ」
「ええー……途中計算なんかでうっかりミスしそうとか、ダッサ……」
天才っていうから期待してたのに、なんだか普通すぎてガッカリだ。
わたしがため息をつくと、キョーヤも負けじとため息をつく。
「うるさいな。理系は合理的なんだ」
「合理的なのに幽霊信じてるんだ……」
「存在しない証明がされてない限り、存在しないと言い切るのは思考停止と同じだ。ま、まさに悪魔の証明ってヤツだけどな」
「でも、悪魔も幽霊も、いないのはジョーシキでしょ?」
わたしが口をとがらせると、キョーヤは自信タップリに腕組みしてみせた。
「常識の外にこそ、新しい発見があるんだ。過去にも教科書に書かれていることがくつがえったことなんて、いくらでもある。オレの父さんだって生物の教科書を書きかえたことがあるからな」
「ええー、教科書がウソだったの!? それってなんのために勉強させられてたの!? ウソかもしれないこと覚えるなんて、時間のムダじゃん!」
「それが間違いだと気付くには、勉強して知識をつける必要があるんだぞ、
わたしのおでこをツンとつつくと、片頬を上げてニヤリと笑う。
「なによ、キョーヤはいっつもヘリクツばっかなんだから! 陰キャ心霊オタクに言われたくないですぅー!」
カッとほほが熱くなるのをごまかすように声を上げると、キョーヤは面白そうに笑った。
もう、ほんとムカつくヤツ!
――でも、本当は、わたしは霊がいることを知っている。
実はわたしのおばあちゃんは、
オガミコサマは「降霊術」っていう、死んだ人の霊を呼び出して自分にとりつかせる術が使えるらしい。
その術を使って、生きてる人が死んだ人とお話するのを、助けているんだって。
でも霊なんて、ロクなものじゃない。
おばあちゃんが仕事中のところ、こっそりのぞいたことがある。
あのときのおばあちゃん、すっごく怖かった。
あんな霊がもっとたくさんいるなんて、考えただけでコワくなる。
さわらずに、いないことにしておけば、平和なんだ。
それにママはおばあちゃんの娘だけど、幽霊なんていないんだって、いつも言っている。
だから、いないものは、いないのだ。
◇ ◇ ◇
どこまでも白い病院のベッドを、夕日が赤く染めている。
私はそっと手を伸ばすと、まだ頼りなくやわらかな髪の毛を、くしゃくしゃと優しくなでた。
『ママ、もうすぐいなくなっちゃうかもしれないけれど、パパの言うことよく聞いて、しっかりゴハン食べるのよ』
『ママ、いなくなっちゃうの!?』
『大丈夫。いなくなっても、ずっとキョウちゃんのこと見守っているからね』
『見てるなら、ちゃんと分かるように合図してよ!』
『うん、合図するよ』
『ぜったいに、約束だからね!』
差しのべられた小さな指に、ぎゅっと小指をからませる。
『指切りげんまん、ウソついたら――』
◇ ◇ ◇
『――さすがだね、キョウちゃん』
「いま、何か言ったか?」
「え、なにも言ってないよ?」
「そっか」
夕焼け空の帰り道。
わたしが首をかしげると、キョーヤは再びうちに向かって歩き出した。
そしてガックリ肩を落としてみせる。
「また、幽霊じゃなかったな……」
わたしはその背中をポンっと軽くたたくと、隣に並んで歩き出した。
「ほーらね、ユーレイなんて、絶対ぜーったいに、いないんだよっ!」
おしまい
ツクモ心霊けんきゅーじょ! 干野ワニ @wani_san
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