あこがれの女教師は娼婦(最終章)

『まず返事はないだろうな』

と思いながら手紙を投函したが、3日ほどすると、返事をこころ待ちにしているじぶんに気がついた。

さらに3日ほどした早朝、渋谷西警察署の刑事がふたりで家にやって来た。

脇坂が区内の公園で殺されたので、事情聴取のため署まで同道してほしいということだった。

足が震えた。

玄関を出るとき、這い出て来た母親が心配そうにこちらを見ていた。

取調室では、まず昨夜から今朝にかけてのアリバイをたずねられた。

自室でカフカ全集を読んでいて、一歩も家を出ることはなかったが、アリバイ証明ができるのは、スフィンクスのような恰好で寝ていた可不可しかいなかった。

いくら知能が人間並みのアンドロイド犬でも、犬は犬でしかないので、アリバイ証明の役に立つはずもない。

だいいち、可不可の電源はひと晩中オフになっていた。

森本と脇坂のふたりの元同級生のことを執拗にたずねられ、猟奇的連続殺人の疑惑も含めて、知っているすべてのことを話すしかなかった。

夕方にやっと放免された。

取り調べの終わりに、脇坂がどのように殺されたかをたずねたが、能面のような顔をした刑事は何も答えてくれなかった。

家に帰ると、真っ先に朝夕刊と犯罪ネットのすべてをチェックした。

・・・脇坂は、昨夜遅く自転車で家を出たがもどらず、今朝公園のトイレで射殺体で発見された。

内鍵がかかったままのトイレの個室を不審に思った区の清掃委託業者が、合鍵で鍵を開けて、若い男が便器に頭を突っ込んで死んでいるのを見つけた。

駆けつけた警察は、若い男は拳銃を口に咥えて発射して自殺したと見たが、肝心の拳銃が個室内に見当たらなかった。

辺りを探すと公衆便所のすぐ近くの藪で拳銃を見つけた。

それでもって、自殺ではなく、殺人事件ということになった。

もうひとつ奇妙なのは、この若い男の額にCAINと焼き鏝で刻印が押されていたことだった。

公園での殺人の噂を聞きつけた脇坂の両親が届け出たので、若い男の身元が割れた。

家人には友達と会うと言って家を出たが、携帯が部屋に残っていなかったので、通話履歴を確認することはできなかった。

公園一帯をさらに探すと、やはり公衆便所の裏で、CAINと凸文字で彫られた焼き鏝とライターが見つかった。

犯人は、ライターで熱した焼き鏝で脇坂の額に焼き印を付け、口に銃口を咥えさせて射殺し、その後便器に頭を突っ込んだようだ。


「警察は、おそらく僕が脇坂くんに書いた手紙を押収したにちがいない。それで事情聴取を受けた。まさか、僕が彼を殺したと本気で思っているはずがない」

ひとり言のようにつぶやくと、

「いや、警察は案外そう思っているかも知れません」

可不可が深刻そうな顔で言った。

「まさか。・・・でも、アガサ・クリスティーのあの本を読んだひとなら、これは他殺ではなく自殺だとすぐに分かるはずだ。何なら、僕が警察にそのトリックを教えてやってもいい」

「そして誰もいなくなった」の小説の情報は、可不可にはインプットされていなかったので、ストーリーと結末を教えてやった。

「でも、どうしてそんなに手の込んだことを?」

「分からない。罪の意識に駆られて自己処罰はしたが、どこまでも罪は認めたくないという自己防御本能が最後の最後で働いたのか・・・。あるいは、模倣犯を装った単なる悪あがきというやつか」

「プライドですか?」

「ああ、プライドねえ。死してなお、『この謎を解いてみろ』と挑んで来る歪んだ知性の驕りなのか。でも、・・・脇坂くんを殺したのは、やはり僕かも知れない」

はっと驚いた可不可が下から見上げたが、もはやそれ以上話す気にはなれなかった。


(了)

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あこがれの女教師は娼婦~引きこもり探偵の冒険1~ 藤英二 @fujieiji_2020

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