27
「音と火花に気をつけて!」
ミレイユがそう言うのと、実際に投擲された調合品が弾けて、音と火花を散らすのはほとんど同時であった。
突如、鳴り響いた音と火花に三頭のフォレストレオパードが混乱するのが見て取れた。その注意は間違いなく地面に釘点けとなり、今度は夕闇の攻撃を回避することは適わない。まず一頭、夕闇が手負いの魔豹にとどめを刺した。
激昂する二頭のうち、一頭の頭にゲオルグの四発目の魔弾が命中する。短時間の中での四発目であるので、最初の一発目の負荷がまだ銃身に残っており、頭部以外であれば致命傷とはならなかっただろう。冷たい汗が額を這うのをゲオルグは感じた。
そして残る一頭はまだ混乱していた。続けざまに伏した二頭よりも戦況への対応力に乏しかったのか、その動きは停止してしまっていた。
夕闇はそこに容赦なく、扇の一撃を浴びせる。そうしてカロリーナが夕闇のもとにたどり着く頃には、三頭は絶命していた。
「ミレイユ! 魔物除けの用意を! 各自、警戒を怠ってはダメよ!」
夕闇の言葉でカロリーナは四方八方、そして木々の上をも見回した。夕闇は木の上に中型の魔物が潜む可能性を考慮していなかった自分に舌打ちしたが、何はともあれ、気配察知の魔法を何度も展開しつつ、ミレイユのもとへと近づいた。
「他の魔物や動物に死骸を食い荒らされる前に、レイニーウルフとフォレストレオパードをそれぞれ一頭ずつ解体してほしいわ。できるかしら?」
四人がレイニーウルフとの遭遇前のポイントに合流すると、夕闇がゲオルグに頼んだ。
「任せろ」
「では、私がその間の護衛を務める」
「ミレイユ、あんたも杖に登録しておきなさい」
「夕闇ちゃん! どこにも怪我はないですか!?」
「大丈夫よ。他ならぬあんたが機転を利かせてくれたおかげで無傷で済んだ。いいえ、これはそうね、騎士のあんたのおかげでもあるわね」
「だが私は結局、この剣で奴らに一撃たりとも……」
カロリーナが抜き身のままの剣、その柄をぐっと握った。
「あんたがミレイユの傍に突っ立ているだけではなくて、きちんと上方も警戒してくれたおかげで、私は救われた。それに、その剣の腕前を見せる機会は今日のうちにまだあるわよ、きっと」
カロリーナは夕闇がその口調とは裏腹に、かなりの神経を消耗しているのをその表情に感じた。四頭のレイニーウルフを相手取って、勝利を収めたまでは余裕のあった彼女の動きだが、フォレストレオパードたちに扇を振るったときの動きは舞としての洗練さが乱れていたのだ。
「それで嬢ちゃん、俺のことは褒めてくれないのかい?」
夕闇とカロリーナそれぞれにある緊張感を裂くように、ゲオルグが言った。
「あら、そんな気さくな話し方もできるのね」
「そう言う夕闇ちゃんは年上の人たちに失礼が過ぎますよ……!」
「ああ、もうっ、そんな心配そうな顔しないでよ。今の戦闘、私たちがパーティとして機能したのを感じ取れたわ。喜ぶべきよ」
「それは……そうだと私も思います」
「だな。悪くない。できれば、錬金術士の嬢ちゃんがどういった道具を持ってきているかは事前に把握しておきたかったがな」
ミレイユは投擲したのが、ぱっしょん・くらっかーという手投げ爆弾であるのを皆に聞かせた。殺傷能力は低い。混乱させたり、陽動であったりが用途となる。
純度の高いホムラ石と魔石を組み合わせて調合した爆弾もあるにはあるが、木々に火が燃え移るのを考慮すると、そう容易く使えないものだという。今回のぱっしょん・くらっかーであれば、もし仮に夕闇に直撃していても怪我らしい怪我はなかったが、炎撃であればそうはいくまい。
「日ごとに改良しているから、ミレイユが作っているものって私も全部は知らないわね。じゃあ、ミレイユ。持ってきた道具を的確かつ簡潔に説明する準備をしておいて。その間、解体を済ませてもらうから。あ、まずは魔物除けよろしく」
「わ、わかりました」
魔物たちの死骸を安全に解体するべく、ミレイユは魔物除けの道具を使う。以前、イネスと三人で探索した際は水溶性の薬剤を撒いたが、今回は超音波を一定時間出し続ける小さな彫像を用いた。調合によって組み込まれた術式が放つその音は人間の可聴域から外れているが、多くの魔物が嫌がるものだ。
薬剤との使い分けについては、エリカから聞いた話を参考にしている。すなわち、同じ魔物除けの方法を繰り返し、長期的に続けてしまうとそれに魔物が慣れてしまい、効果が薄れてしまうという記録だ。エリカ曰く、探索ルートの整備に伴って、安全な通路を確保するためには恒常的な魔物除けが重要となってくるのだった。
指定済みの狩猟区域においては、都市の魔導師連中が製造した背の低い塔らしき装置で魔物除けを実現しているそうである。
「雲が出てきたな」
解体後、ミレイユが持ってきた調合品について拙くも、説明をしているとゲオルグが空を仰いで呟いた。
「そうですね。この地域では激しい天候変化はないので、突然どしゃ降りになることはないでしょうが」
「巡礼の過程で天候の地域差を知見として己に蓄えているのは素直に称賛に値する。だがな、魔の森においては異様なことも起こるのだ」
「え? それってどういうことですか、ゲオルグさん」
そう訊ねたのはカロリーナではなくミレイユであった。夕闇も空を仰ぎ見る。厚みはさほどなく、見えている空全体における占有率も低い。この分であれば、通常なら雨に至ることはないが……。
ゲオルグがそんな夕闇を見た。その視線には要求がある。夕闇は溜息を一つつくと、話し始めた。
「木々は土中から水分や養分を吸い上げるけれど、その土壌というのが魔力の浸透したものであれば、当然、木々の『呼吸』にも魔力が伴うのよ。魔力を有した気流が雲となれば、超常的な反応が起こり得るってわけ」
「黒髪の嬢ちゃんは博識だな」
「今のはあんたが、目でこっちに話を振ったんでしょうに。運営室でも思ったけれど、あんまり人を試すような真似はしないで」
「ふん。年をとると、どうも若人にいらぬ節介をかけたくなるものよ」
「あ、あのー……それで、どんなことが起こるんです?」
「たとえば局所的な豪雨だ。避けたほうがいいだろうな。避けられるものなら」
「レイニーウルフたちが本領を発揮するのまずいわね。ねぇ、何頭ぐらいいたのかって覚えている?」
夕闇の質問に、カロリーナは「四、五頭程度だと思う」と応じた。そのすべてを狩ることができずに、逃げることしかできなかった。今となっては本当に全員が命を落とさなかったのが奇跡的であると言える。
「今さっき仕留めたので全部だとは思えないけれど……もう少し進んだ地点で、ミレイユの持ってきた香炉とその他の罠で奴らをおびき寄せる。フォレストレオパードや別の魔物との遭遇も想定しないといけないわ」
「こちらの探索ルートもしっかり記録しておきます! ルートⅠと結び付けるようにして開拓・整備していくこともできそうですね」
「ええ、そうして。狩猟者の数からして、いたずらに探索領域をばらばらで広げていくのは悪手だわ。このままあの赤髪といっしょに探索したルートまで入って、そのまま帰還する形をとりましょう」
「イネスさんのことも名前で呼んであげればいいのに」
「いいでしょ、そんなの。ほら、探索再開よ」
雨が降り出す前に、今回の探索を終えてしまう心づもりで探索者たちは再び動き始めた。
ミレイユは錬金杖による解析によって、レイニーウルフの例の鱗の部分であったり、フォレストレオパードの髭は調合素材として優れものであるのがわかると、早くアトリエに帰還して新たな調合を試したく思った。残念ながら、夕闇の服作りにはどちらも向いていなさそうではあったが。普段着に迷彩効果はいらないよね、とミレイユは前を歩く小さいけれど頼もしい背中を眺めるのだった。
ゆるふわ錬金術士とせかせか魔女の甘々な日々 よなが @yonaga221001
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