第7話 鍛錬開始と激痛の洗礼

※※※


 水を入れる桶を手に、魔女からの課題をこなすために魔力を集中させる。


「ウォーターボール」


 井戸の前で手にした桶に、発声とともに水の魔法に放つ。

 バシャリと木製の桶底で初級魔法が弾け、魔力で生み出された水球が跳ねた。


 周囲は無人。大人たちはすでに畑を耕すために家を空けているので、幸いにして井戸のそばには行使される魔法を観測する者はいない。


「ウォーターボール」「ウォーターボール」「ウォーターボールッ!」


 続けざまに速度を抑えた水弾を放つと、連続する衝撃で桶が激しく暴れる。

 ウォーターボールは、こぶし大の水球を掌から放つ初級魔法で威力も低く、実戦ではとても役立つようなものではない。だが生み出された水球は質量のある水となり、少しずつ桶の底にたまっていくのが見える。


 水汲みを母に頼まれたボクは、いま水の魔法で飲み水を集めているのだ。


「うぉーた……っっ!」


 桶に水が半分くらい溜まったところで、頭に全方向からガツンと殴られたような衝撃がやってきた。

 来た、という思考すら掻き消すほどの痛みが頭を席巻せっけんする。


「ぐっ、ぅ……ぁ、ぐっ」


 脳神経が焼けるような痛みで意識を真っ暗になり、すぐハッとなって足を踏ん張る。手には水桶、どうやら意識が途切れたのはほんの一瞬のようだ。


(これは……ほんとに死ぬほど痛いな)


 今日何度目かの『頭を金属バッドで殴られ、眼球を抉られるような激痛』に脂汗がドッと吹き出す。手が汗ばみ、鼻の奥までツンと痛む。


「レン、どうしたの?」


 ふらついたボクに気付いたのか、ミリーが小走りでやってきた。

 彼女も水を汲みに頼まれたのか、ボクよりサイズの大きい水桶を握っている。少し負けた気分だ。


「いや、なんでもないよ。ちょっと足が滑っただけ」

「ほんと? フラフラしてたよ、ほんとに大丈夫?」

「平気だって。ほら元気だし、顔色だって悪くないだろう」


 栗色のポニーテールを揺らし眉をひそめる幼馴染。そんなミリーに何食わぬ顔で笑いかけ、萎えた両手で今にも取り落としそうな水桶をしっかり支える。

 だが、この瞬間にも脳みそに焼けた鉄杭を差し込まれたような痛みが走っている。



 魔力切れ。連続した魔法の使用で魔力が払底し、それでも無理に使おうとしたせいで脳が悲鳴をあげているのだ。


(ほんと、師匠の言うように死んだほうがマシな痛みだ。でも今日は二回多く使えた。魔力量は増えてるんだ)


 昨日よりも水嵩が増した桶の重さに確かな実感を覚えながら、普通に水を汲むミリーの横で小声で魔法を使う。

 速度を限界まで落とした水球で水嵩がまた少し増え、また足が痙攣するほどの痛みが脳を貫いた。


(でも、これ。かなり……キツイな。ほんと過酷な修行だ)


 『村を守りたい』といったボクに魔女から出された課題は、常に魔法を使い続けることだった。


 魔女曰く、魔力とは使えば使うだけ限界容量が拡張されていく性質があるそうだ。そのため初級魔法から中級魔法にステップアップするためには、常に魔法を使い続け、その最大容量を増やしていく必要があるのだという。


 ただ、その段階で猛烈な痛みに耐えかねて九割が魔法使いの道から脱落し、残り一割にも生涯をかけて魔力量の最大値に挑むような挑戦者バカは居ないそうだ。


(たしかに、死ぬ覚悟に近いものがあるな。これは)


 師匠からは、村を守るための強力な魔法を教えて欲しければ、死ぬような痛みに耐えてひたすら魔力量増やせといわれた。

 だからボクは課題を出された日から、休まず魔法を使い続けている。死ぬほどの痛みをひたすら我慢しながら。


「んしょ、うんしょ……」

「ミリー、手伝うよ」

「あ、ありがと……」


 痛みが治まるまでの間、ミリーの水汲みを手伝い。透明な水が手桶にたまっていくの眺める。

 井戸の周りは昼にも関わらずヒンヤリしているが、ミリーの肌はわずかに汗ばんでいる。きっと今日も母の手伝いに走り回っていたのだろう。


(うん、ボクも頑張らないと……成果は出ているんだ)


 訓練を始めた初日は、たった二回の魔法で頭が割れるような猛烈な痛みに襲われて昏倒した。だが今日は五回目を使ってもまだ立っていられる。


「つまりは筋トレと同じなんだよな」

「え? なに?」

「いや、スキルがない分だけ鍛えなきゃなって話」


 魔力量だけではなく、筋力も並行して鍛えるため腕力だけで水桶を上下させる。これは魔女には言われていないが、身体も鍛錬する分には文句はないだろう。


「もう一回、お水汲んじゃうね」


 再び落ちる釣瓶。それをミリーが眺めている隙に、さらに水魔法で桶の水量を増やす。腕に負荷、脳に激痛。


「……っっ」

「レン?」


 律儀に襲い掛かってくる痛みに顔をしかめると、幼馴染が振り返る。ミリーの栗色の目が、なぜかボクの事を見透かしているように感じられる。 


「ねえ、レン。もしかして、どこか痛いの?」

 鋭い。幼馴染の勘だろうか。


「ううん。虫が顔にぶつかっただけ……気にしなくていいよ」

「そう? なんだか、無理してるように見えるよ。それにレン、最近静かだから……やっぱりサムおじさんのこと、気にしてるよね?」


 釣瓶を引き上げながらミリーが眉尻を下げる。

 ボクの態度がここ数日で変わったことを、彼女も感じ取っているのだろう。


(でも前世の記憶をスキルで『思い出した』なんて言えないし……しばらくは気落ちしているフリをしよう)


 ミリーに心配をかける必要はないと判断して、無言で頷いておく。


「やっぱり、そうだよね。私もオジさんが居なくなって、なんだか大切なものを無くしちゃったみたいな気持ちだよ」


 ミリーはそういうとボクの袖を摘まんだ。不安なのは彼女のはずなのに、ボクのことを気遣ってくれているのだ。


「そうだね。でも、そんなことはもう起きないよ」

(そうさ……悲劇なんて起こさせてたまるか)


 顔が蒼白になっていた幼馴染を思い出し、指に力を込める。あの涙を遠ざけられるならば、死ぬほどの頭痛など怖くない。人は肉体の痛みだけでは死んだりしないのだ。


(だからもっと鍛えないと、たぶん――時間はあまりない)


「さあ、早く戻ろう……母さんが待ってる」


 深い焦燥感を感じながら、ミリーの分の水桶を持ち上げる。

 二人分の水桶に筋肉を不満を漏らすが、キョトンとするミリーの顔を見ると不思議と気にならない。


「あ、ちょっとレンずるいよ」


 そして楽しているはずのミリーは、なぜか水桶を持つボクにズルいといいながら駆け寄ってくるのだった。


※※※

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