第6話 魔女の紫煙と老獪宣告
※※※
「ふむ」
ボクの言葉に師匠は、しばし考え込むように首を地面に傾けた。
我ながら荒唐無稽の話である。
この世界ではない場所で生まれた人間が、この場所ではありえない体験をして、転生した十一年後に不意に前世を「思い出した」。
そんな話。日本に住んでいた自分なら笑い飛ばすか、知人ならば病院を紹介することだろう。
そんな与太話をしたにも関わらず、彼女の目に馬鹿にしたような色はない。青い瞳はまるで、凍った湖のように静謐な色をたたえている。
(少なくとも真剣に聞いてくれたのは有難いな。年の功というやつかな……)
とても百歳を越えているとは思えない魔法使いの脚線美から目をそらしつつ、彼女の判断を仰ぐ。
村外れの魔女。
長老が物心つくころから変わらぬ姿だという魔法使いは、手に煙管を取り、独特の香りがする煙を艶めかしく吐き出した。
燃える枯草の香りを含んだ煙がボクの顔にかかる。
キツイ匂い。だがボクは口を挟まず、彼女の言葉をじっと待つ。
今できることは雄弁に訴えることではなく、静かに彼女の思考を乱さぬように煙の匂いに甘んじることだ。
彼女は二度煙を吸い込み、そして同じ回数だけボクに煙を浴びせる。けむい、だがむせるほどではない。
「ふむ……嘘は言ってないようだね。幻惑に掛かっているわけでも、白昼夢を見たわけでもなさそうだ」
「……信じてくれるんですか?」
七度の呼吸の後、気だるげに背もたれに体重をあずけ結論を出した魔女に、ボクは正直信じられないものを見た気持ちになる。
包み隠さず話した。だからこそ、信じてもらえないと思っていた。
だが彼女の反応を見る限り、信じたふりをしている訳ではなさそうだ。次善策として用意したプランBとCは無駄になったが、リスクの高い策を使わず済んだのは
(領主への直談判と、冒険者を探しに村を出る作戦はひとまず保留。ひとまずは成功率は低い可能性に、命を掛け金にせずに済んだかな)
そんな思考を巡らせていると、彼女は眠たげな眼でボクの瞳を観察し、くすりと唇をゆがめる。
「弟子。いや……異界の人。どうして、君の言葉を信じたと思う?」
「……さあ。ボクの誠意が通じた……なんて理由じゃない事は分かります。師匠はそんなものを信じない」
どこか意地の悪い笑みに、ボクは『レン』らしくない答えを返す。大人を安易に信用するには、前世の記憶が鮮明すぎるのだ。
「ふむ、いいね。レンを記憶をもっているのに、実にレンらしくない答えだ。狡く賢しい婉曲な言葉だ。嫌いではないね」
彼女は弟子に目を細め、煙管に口づける。
「ならば師として教えよう。君……さっき、煙草の匂いにむせなかっただろう。前はあんなに嫌がっていたのに、いまは平気な顔をしてる」
そういって足を組みなおす魔女。煽情的な色の下着がわずかに覗き、ボクは不自然にならぬ程度に視線を逃がす。
「いまだってそうさ。昨日までの君は、アタシがどんな格好をしようと気にもしなかった。でも今日は恥ずかしがるでもなく、色ガキ臭い目付きをするでもなく、目線を外すくらいの分別がある。そういうのは大人の気遣いだ」
そういって、彼女は枯草の香りがする煙を吐き出す。部屋の埃が虚空で舞い、わずかに白く霞んだ。なんとなく前世の居酒屋を思い出す。
「それが、ボクを信じるだけの理由になるんですか」
「人は一足飛びに大人になったりはしないものさ。どんな過酷な経験をしてもね……積み重ねないと行動や思考は洗練されていかない……でも、君は文字通り『人が変わった』。ガキではなくなった。それが嘘ではないと思った理由さ」
「ボクは、もうガキじゃないと?」
「くっくっく……その言葉に落胆しているのが、大人の証拠さ」
彼女は煙管を置き、その柔肌に古びたローブを羽織る。
「まあ、異世界の云々は、にわかに信じがたい話ではあるけどね。弟子の言葉だ、無下にはしないさ」
いいながら魔女が袖を通したローブは喩えるならば夜色で、幾夜の空を折りたたんだような色彩を含んだ立派な外套だった。
彼女がボクの前で、外套を羽織るのは初めてのことなので少し驚く。
「師匠、それは……」
「相手がガキじゃないなら……魔女として話を聞いてやろうじゃないか。さあ、アタシの最初の弟子にして奇貨を握る者。君の望みは何だい」
埃っぽい室内で三角の魔女帽子をかぶり、口元を三日月のようにゆがめ、魔女はニタリと嗤う。
森と村の境界に住み、安易に関われば破滅すると噂される魔女。
無邪気にレンが教えを乞いながらも、名すらも教えてくれぬ不老の魔法使い。
鈍緑の双眸で値踏みするような眼差しをむける彼女に、ボクはツバと覚悟を飲み込み――
「魔王軍が迫っている。奴らから村を護りぬく方法を知りたい」
と魔女に重いものを置くような声で告げた。
「ほお……実に面白い」
彼女は嗤い、すぐさま答えを返した。
煙管を置いた魔女は、かく語る。
「では我が弟子よ。死ぬ覚悟はあるか?」
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