第8話 鋭い勘と、少年の変化

※※

 それからも多忙な日々は続いた。

 朝に水汲みをするときに水魔法の鍛錬。庭で草刈りをするに風魔法の練習。父が薪を火で乾かすときに火魔法の習熟。釣りをするときに土魔法の熟達。


 家族が寝静まると、家を抜け出して村の外れで魔法を撃ちまくる毎日。

 魔法量を底上げするために、人目が無くなれば常に魔法を連射しているせいで頭痛はいまや親友だ。図々しい親友だ。


「ねえ、レン」


 そんな日々を重ねていると、ミリーが裏庭で声をかけてきた。

 危ないから近寄らないように厳命されている薪割り場に、ミリーがいることに驚く。ミリーが父の言いつけを破るなんて初めてのことだ。


「ミリー、どうしてここに? 父さんから近寄っちゃダメだって言われてたよね」

「うん、そうなんだけど……レン、最近変だから」


 歯切れの悪い口調にボクは木材を両断するための風の魔法を中断し、代わりに手にした薪割り斧を振り下ろす。


「どうして……そう思うの、っと!」


 打ち下された丸太がカツンという音を立て、やや粗い断面の木材になる。

 これが村で使う薪で、子供のボクに与えられたルーチンワークだ。


「そんなの分かるよ」


 彼女は切ったばかりの薪を拾って、手渡してくる。斧と魔法の切断面が違うのには気付かなかったようだ。


「目の下にクマがあるよ。眠れないんだよね?」

「そんな、ことは……ないよ。ちゃんと寝てるよ」


 四時間くらいは、と心の中で付け加えて小声で魔法を行使する。

 地面の中に音もなく、魔力が結晶化した小石が生れたのに幼馴染は気付かなかったはずだ。


「嘘、レンが寝てないの知ってるよ」


 もはや馴染み深い頭痛を、薪にぶつけるとミリーが距離を詰めてきた。

 これでは斧は危なくて振れない。至近距離から栗色の眼がボクをまっすぐ見つめる。


「いつも眠そうな顔してるし、ときどき苦しそうな顔してる――いまだって」

(ただの魔力切れの頭痛だから心配ないよ)


 そんな本音など言えるはずもなく、逃げるように視線を外す。

「べつに、いつも通りだよ」

「それも嘘。レンがずっと考え事してるの、わたし分かってるんだからね」

(ほんと鋭いなぁ。それは顔に出さないようにしてたはずなんだけど……)


 魔法には気付かずとも、心情の変化には敏い幼馴染。

 秘密裏に行動し、両親にも悟られないように振舞ってはずだが、十一年間レンと一緒に育ってきた少女には勘づかれていたようだ。


「ねえ、レン。ほんとは一人でなにしてるの?」


 言えるはずもない。一人で山奥に巣食う魔王の尖兵を駆逐しようなどと。


(だけど……ここで黙ってたり、はぐらかすと不味いことになりそうだな)


 付いてくる、とミリーが言い出す未来を想像して頭痛よりひどい気分になる。そんな未来は最悪である。


「あー、ちょっとゴブリンについて調べているんだよ」


 考えた結果、ミリーには少しだけ本当のことを伝えることにした。

 人に嘘をつく時は、隠したいこと以外は真実を話すのがコツだと本に書いてあったからだ。


(疑われるよりは、先に納得させる方が安全だろう。知られたら絶対に止められるだろうし、危険な賭けにミリーを巻き込みたくない)

「なんで? そんな魔物を調べてどうするの?」


 あえて面倒くさそうな態度で話すと、魔法を習い始めたときと同じ顔をする。


「そりゃあ、気になるよ……昨日も見かけた人がいるんだから」


 当然の疑問に対して、ボクは当たり前のように答える。

 森で狩人をしていた人からの『武装したゴブリンをみた』という報告に、いま村の話題は一色に染まっている。だからなにも不自然ではない。


 ゴブリンとの遭遇。それは一度だけなら偶然といえたが、今回はより近い場所でゴブリンの斥候が発見された。そのせいで村人は動揺し、農作業は完全に止まってしまっている。

 村は魔王軍の話題で持ちきりだ。


「なんだか見かける人が増えてるし、たぶん魔王軍が近くまで来てるんだと思う」

「レン、この村……どうなっちゃうの? ほんとにゴブリンやオークが村に襲ってきたりするのかな?」 

「そんなの、わからないよ……」


 初めての出来事に不安を隠せないでいるミリー。


 長老はダメもとで兵権をもつ領主の元に若者を走らせたし、その一方で村を捨てるべきかという議論を大人たちは重ねている。今朝には十歳より下の子供たちは村から出ないように、と各親から厳命が下された。


 そんな状況で『無力な少年』を演じるには、わからないという他はない。


(余計な心配は掛けたくないからな。魔王軍から村を守るために魔法を鍛えているなんていったら絶対反対されるだろうし)


「ねえ……レンは危ないことしてないよね?」

「そんな事は……してないよ」


 まだ、していない。


 今やっているのは、ただの下準備だ。魔力切れで頭に激痛は走るが、それは死ぬほど痛くなるが危ないことじゃない。

 だからミリーに嘘はついてない。


「じゃあ、危ないこと……しないよね?」


 それはする。

 そのために睡眠時間を削り、頭痛に耐ながらデスマーチをこなしている。


 幸いにして命をすり減らすようなデスマーチには慣れている。過酷なプログラマー時代と違うのは、成果が間に合わなかったり失敗すれば『デス』の部分が現実になるというだけだ。


「危ないことってなにさ」


 そんな本心などおくびにも出さず、ボクは肩をすくめる。


「一人でゴブリンを退治しにいったりとか……」


 当たらずとも遠からずだが、幼馴染の指摘は不正解だ。


「ボクが一人でゴブリンを? まさか……そんな事しないって」


 ゴブリンだけじゃなくてオークも退治する。村を襲撃する可能性のある魔王の尖兵は、一体の残らず駆逐するつもりだからミリーの指摘は間違っている。


「でも前にも一人で薬草を取りに行ったじゃない。すごく危ないの分かってたのに……」


 だが、わざとらしく肩をすくめてもミリーは納得しない。見抜いていないのに勘が鋭すぎる。


「あれで懲りたよ。勇者がいなかったら死んでたんだし……」


 そう、勇者がいたおかげで九死に一生を得た。

 だから幼いレンがしたような無謀で衝動的な行動はしない。前世の記憶を取り戻したのだから蛮勇に頼らず、十分な勝算を整えてから挑む予定だ。


「でも、レン。あのときと同じ顔してるよ」

「……」


 これは困った。経験を元に内面を見抜かれては、どんなごまかしも効果がない。


(レンとボクが交ざっていることも、ミリーに知られていたりしないよな)


 なんとなく顔を合わせる続ける辛くなる。

 ミリーがボクの人格が変わったことを知ったとき、どんな想いを抱くのか想像するのが怖い。


「レン、危ないことしちゃイヤだよ」

「ボクだって危ないことがしたいわけじゃないよ」


 ただ必要だからやっているだけだ、と言えずに逃げるように割った薪を集める。


「でも、レン。ここ最近ずっと無理してるように見えるの。それに……うまく言えないけど、サムおじさんのことがあってから、なんだかレンがレンじゃないみたい」

「っっっっ!」


 その一言で心臓が止まりそうになる。

 魔力切れの痛みが、氷で麻痺したように消え、脂汗が止まらない。

 見抜かれたわけではないが、心臓が早鐘を打つのを抑えることができない。


「……べつに、無理なんかしてないよ。ミリーはいつも気にしすぎなんだよ」


 薪を手に取り、手斧で割いたキレイとは言えない木の断面が見せつける。平静を装えているかは自信がない。


「ほら、ボクはいつもどおり……薪割りもヘタクソのままだろ?」

「……ほんとだね。レンは薪割りへたっぴだね」

「仕方ないだろ、上手くならないんだから」


 ようやく少し笑ってくれた幼馴染にホッとしながら、薪を抱える。

 そのとき不意に薪が荷崩れを起こし、一本がミリーの方に転がった。


「あ……っ!」


 慌てて手を伸ばした瞬間、先に薪を掴んでくれたミリーと指が触れ合った。


(うっ!?)


 その小さくて柔らかくて、細い骨の感触を秘めた指に何故か心臓が鳴った。


「ご、めん……ありがとう」


 小さく謝り、薪をしっかりと抱える。なのに体が熱い。のどが渇く。さっきよりも心臓がうるさい。


(なんだ、これ……なんで、ボク)

「レン?」


 どんな顔をしているかわからない今の自分に、ミリーが首をかしげる。

 亜麻色の髪が揺れ、空から差し込んだ光が栗色の瞳で反射する。それだけで、ボクは言葉が出なくなる。


「レン、どうしたの?」


「……あ、いや。なんでもないよ」

(なんだこれ……なんだ、これ?)


 なんだか気持ちが落ち着かない。

 抱いている薪が勝手にグラグラする。水分は取っているはずなのに、喉がカラカラになっている。


 レンが見慣れた顔のはずなのに、なぜかミリーの顔に気持ちがソワソワする。


「なんか喋り方が変だよ。顔も赤いし、もしかして風邪引いちゃった?」


 ボクよりほんの少しだけ背が高いミリーの手が、額に伸びてくる。


「い、いいよっ。ぜ、ぜんぜん平気だからっ!」


 全然平気じゃなさそうに言ってしまった。最悪だ。


「でもっ、レンちゃん」


 最近は口にしなくなった呼び名で、ミリーが迫ってくる。

 狼にも怯まず立ち向かったのに、気弱な幼馴染が踏み出した分だけ後退る。


「いやっ! へ、いきだからっっ、ほんとっ、マジでっっ!」


 やたらうるさい心臓の音を聞きながら、じりじりと後ろに下がる。

 すぐに小屋の壁に背中がぶつかり逃げ場がなくなった。もう詰んだ。やばい。


「え、マジってなに? やっぱり、なんか変だよ。どうしたのレンちゃん」

「斧とか小石が多くて危ないから少し離れてミリー。父さんもそういってただろ」

「そんなことよりレンちゃんのほうが心配だよ。なにか困っていることがあっても、私には隠したりしない約束でしょう?」


 戸惑った顔をしながら端に追い詰めてくるミリー。

 古い約束まで持ち出した幼馴染の手が額に触れた。手はヒンヤリしているのに、顔や耳が熱くてたまらない。


(ああ、心臓うるさい。なんで、ミリーなんかに触られただけで……)


 前世の記憶がよみがえる前は、一緒のベッドで寝ることも、一緒に水浴びすることも珍しくなかったはずなのに。


(みずあび?)


 不意に、いままで意識しなかった幼馴染の肌が眩しく感じた。

 ほっそりとした未成熟な首元や、袖から伸びるしなやかな腕を意識してしまい、顔に血が一気に集まっていくのを自覚する。


(なんで……ボクはロリコンじゃないはずなのに)


 異性への興味まで年相応になってしまったのだろうか。

 それともこの気持ちに動揺しているのは、ボクではなく基礎となったレンなのだろうか。 


「ど、どうしたの、顔赤いよ。なんで、なんでっ?」


 ずいっと近づくミリーに後退り――なにかに躓いてバランスを崩してしまう。


(あ、しまった。石の魔法が残って……)


 地面に埋めるように放ちまくっていた土属性の投石魔法。その一つに踵をとられて真後ろに倒れこんでしまう。


「あぶない!」

「なっ」


 そんなボクを支えようと、ミリーが腕を伸ばすが――

 二人分の体重を支えることができず、もつれるように倒れこみ。


「っっっっっっ!?」


 なにか、柔らかいものが、唇に触れた。


「いたーい……大丈夫、レン?」

「…………」

「レン?」


 目の前でキョトンとした顔をするミリアム。

 そのかすかに開いた口から目が離せない。ごわごわとした服越しに感じる重さに心音が激しさを増す。


 そしてボクは――


「ミリー……できれば、どいてくれると助かるかな」


 絞り出すような声で、幼馴染にお願いをする。


「うん、ごめんね? んー?」


 素直にどいてから、そっと自らの唇に触れるミリー。

 不思議そうな横顔からは羞恥の色すら見えず、ボクはどんな顔をしていいかわからない。


「喉、かわいた。先に戻る」


 ボクは薪割りを切り上げ、逃げるように井戸に走って水をがぶ飲みする。

 そして、とりあえず次の日から頭痛が増える魔法訓練の量を倍にするのを決めるのだった。

 

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村人VS勇者~村人転生から始める魔王討伐。勇者が魔王を斃すと滅びる世界だとボクだけが知っている~ いづみ上総 @ryoutei_izumiya

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