第31話 朝霧


ここに君はない。


君は僕の舞う姿を見ていてくれただろうか。


君への祈りは星への祈り。


あれだけ自ら君を想った夜はなかった。


僕はせかされた幼子のように君を探した。



朝と手紙を交換したのかもしれない。


僕はゆっくりと闇をかきわけた。


遠くの竹林から淡い光が見える。



僕は追い駆けっこをするかのように光の道筋を辿った。


その淡い光はだんだん力を増して輝きを放った。


どこかで見たことのある光。


遠い昔に見た僕を導いてくれる光の紋章。



「螢ちゃん?」


 暁闇の中、冬の星が徐々にではあるが消え始めた。


 うっすらと朝靄の卵が生まれ始めている。


 櫓の炎も勢いを失い、朝への案内板として現れ始めた。


 やっと君に会えたような気がした。


 君とやっと生きていけるような気がした。


「見てくれたんだね」


 螢ちゃんはゆっくりと頷いた。


 鈍色の空は時計の歯車を走らせたかのように明るくなり、大気は凛然とした朝霧へと生まれ変わった。


 洗い立ての朝日が昇ってくるまでにはまだ時間がある。


 まだ君と見つめ合う時間がある。



「辰一君の一人剣、すごく良かったよ。時間を忘れるくらいだった」


 まだ夜の世界に横顔を委ねた君を僕は見る。


 この日を迎えるために今日から地続きに繋がる昨日、そして、旅路としての過去があった。


 もう、過去には託さない。


 なぜなら、君という朝の色彩に巡り会えたから。


 お礼を言う前に僕の口は動いていた。


「何かお腹すかない? ずっと徹夜だったから」


 手には神楽保存会のおじさんたちからもらったおにぎりがある。


                  了。


《参考文献》


「銀鏡神楽 日向山地の生活誌」 濱砂武昭 著 須藤巧 写真 弘文堂


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星を抱く少年 星神楽番外編 九州芸術祭文学賞次席受賞。 詩歩子 @hotarubukuro

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