企画入賞レビュー「地獄の空に今日も蝶が飛ぶ」

哀しくも美しい。蝶のように儚く健気な小説。
これは「死にたい」が口癖のヒロインが、とある出来事を切っ掛けに人生の目標と生きる希望を見出す物語 ――。
そう書くと結末がおめでたいハッピーエンドのように思えるでしょうが、起きた悲劇の傷跡はしっかりとその後の人生にまで深い影響を及ぼしているのです。そこを妥協しなかった点が何よりリアル。

本来なら「死にたい」の対義語として語られるべき祝福の言葉「生きたい」が、この作品ではまったく別の切り口から「重さを伴った呪い」となり主人公の身に返ってきます。その異質さには人生の悲劇的真実ともいうべき、ある種の達観を感じました。
かつては自ら望んだはずの死の救済すらも、歳月が過ぎれば突き付けられる恐怖でしかない。若さと老い、耽美と現実の二面性を兼ね備えながらも、なお美意識を保っていられる作品などそうはないでしょう。
また主人公の恩人となるキャラクターも、ありがちな善人ではなくかなりの毒舌家である点も見逃せません。常人にとっては憎まれ口を叩く嫌な奴でしかないが、その嫌味と行動が孤独な少女を立ち直せらせています。そんな彼のままならない運命には、多くの読者が呆気にとられ「人生とは何か」を考えさせられることでしょう。

総評としては、この作品は人生の苦痛と素晴らしさの両側面がきちんと誤魔化し抜きで描かれているから美しいのです。ちなみに主人公とその恩人の名前は両方フランス語。興味がある方は意味を調べてみましょう。
美しい悲劇。どうせ死すべき身であるのならば美しいだけマシかもしれませぬ。
耽美に酔いしれるだけで終わらず、生と死を踊り切ったこの作品こそ入賞に相応しいものです。

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