第34話 未来へ

 それはもう、見るに堪えない光景で。こうなると分かっているのに、僕には止める権利がなくて。もどかしくて、苦しくて。今僕の目の前で起きていることが僕のせいだと思うと、ゾッとした。


「ユーリ、僕は、どうしたらいい……?」


 僕は隣にいる悪魔に、弱々しく尋ねた。


「目を逸らすな。ちゃんと最後まで見届けろ」


 銃声。人々の悲鳴。流れる血。目を覆いたくなる。だけど、それはだめだ。

 そして、時計の針が十二時を差すと共に、大きな爆発音が街中に響き渡った。

 悪夢のような夜は、時計台の崩壊とともに、千人の死者を出して終わりを告げた。



***



 僕は無事自分の罪を見届けて、未来へ帰ってきた。未来のウェーテルの街は、超がつくほど平和で、全てが元通りになっていてなんだか不思議な感覚だった。


「あー! いたいた! 君、探したぞ」


 遠くから、カールさんの声が聞こえた。息を切らしながら僕の元までやってくる。


「急にどこかへ行っちまうもんだから」


 カールさんは困ったように言う。


「あんたにこれを渡そうと思って」


 そう言って手渡されたのは、一枚の絵だった。描かれているのは、紛れもなく僕の大切な人、若かりし頃のテイラーおばさんの似顔絵だった。今にも絵の中から飛び出してきそうなほど生き生きとしていて、なんだか懐かしく感じた。


「なぜだか分からんけどな、急に思い出したんだ。『もしも俺にそっくりな、俺によく似た人にいつか出会ったら、これを渡して欲しい』って。お前さんがレオンの言ってた人かは分からんが、きっとこれも何かの縁だ。だから、受け取っといて欲しい」


 僕はそれを恐る恐る受け取った。もしかしたら、僕が過去のレオンさんに会ったせいで、ほんの少しだけ未来が変わっているのかもしれない。


「その人は、命の恩人なんだと。急に現れて、おふくろの手紙を届けてくれたと思ったら、今日は時計台に行くなって忠告されたらしい」


 僕はハッとした。


「レオンはずっと病気を患っててさ、それが急に悪化して、若くして亡くなったんだ。祭りの日のテロに巻き込まれずにすんだけど、その一年後に死んだよ。才能のある芸術家っていうのは、やっぱり短命なのかな……」


 カールさんは切なそうに空を見上げた。レオンさんが病気だとは知らなかった。


「手紙を貰ってから、両親に会いに行こうなんて言ってたけど、結局それは叶わなくて。でも、最期にはなんとか手紙を出せたから、まあ、良かったんじゃないかな」


 気づけば、僕は泣いていた。涙が止まらないのだ。

 カールさんは心配そうに僕の背中をさする。きっと彼には、おかしな人だと思われている。でも、それでいい。

 未来でレオンさんに会うことは叶わなかったが、あの祭りの日のテロで彼は死ななかった。その事実だけで、僕はほんの少しだけ救われた気がした。


「色々とありがとうございました」


 僕はお礼を言って、カールさんと別れた。

 


 歩きながら、僕は悪魔に言う。


「ねえ、ユーリ、僕、未来を変えちゃったよ」


 するとユーリは笑った。


「いいさ、それくらい許容範囲だ。どっちにしろ、罰を受けるのは俺だし。お前は何も心配する必要はないさ」

「ほんとに?」

「ああ。ほんとだ」


 僕はユーリに助けられてばかりだ。最初はただ呪いをかけに来ただけの悪魔だと思っていたが、彼はこんなにも僕に対して優しくしてくれる。本当に悪魔なのか疑ってしまう。


「なんでユーリが僕にそんなに優しくしてくれるのかは、まだ教えてくれないんだよね?」

「ああ。教えない。その時が来るまで待っているんだな」

「分かった」


 僕はそっと口角を上げた。

 そして、再度決意を述べる。


「君のおかげで、僕は自分の犯した罪の重さをちゃんと理解することができた。だから、僕に与えられた残りの時間、僕は人のために、人々を救うために生きていくよ」


 それが僕の、千年の罪滅ぼしだ。僕は千年かけて、罪を償っていく。この街でやったことは、絶対に忘れない。忘れてはいけない。あの惨劇は、しっかりと脳裏に焼き付けておく。

 ウェーテルの街を出る前に、僕は一度だけ振り返った。それと同時に、時計台の鐘が十二時を告げた。太陽の光に照らされる中、鳩が一斉に舞いあがる。


「平和だな……」


 僕はそう呟き、歩みを進める。僕はここにいてはいけない。きっと誰もが僕のことを歓迎しないだろう。幾年の月日が流れようと。


「ありがとう。さようなら」


 僕の故郷でもあり、忌まわしい街でもある。でもそれ以上に、美しい街だ。

 僕はこの先の長い人生において、二度とこの街を訪れることはなかった。

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千年の罪滅ぼし 秋月未希 @aki_kiki

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