第33話 悪夢の夜

 それから僕は、入念に計画を立てた。実行の日は、年に一度の祭りの日。その日であれば、この街にはたくさんの人々が集まる。いい機会だ。愚かな人間たちに、悪夢を見せるんだ。 

 まず僕は、オリバーに声をかけた。計画を説明すると、彼は直ぐに乗ってくれた。オリバーに、オステルマン孤児院を出ていった人達に声をかけてもらい、僕自身もオステルマン孤児院で仲間を集めた。集まったのは約三十人。十分だ。


「オリバー、銃とか爆弾を調達できるような知り合いはいないか?」


 僕は相談した。


「ああ、そうだなー。確かそういう類に詳しいやつがいた気がする。今度話しとくよ。それで、どれくらい必要なんだい?」

「時限爆弾を三つ。銃は人数分。できればアサルトライフルがいい」


 するとオリバーは驚いたように尋ねる。


「爆弾はともかく、銃はそんなにいるか? しかもアサルトライフルって。何に使うんだよ。だいぶ金もかかるぞ?」


 ただ時計台を爆発させるだけでは面白くない。もっと、人々を恐怖に陥れなければ。


「金ならどうにか用意する。頼んだよ」


 僕はオリバーにそうお願いをしておいた。

 お金は、裏社会と取引をしてる金持ちの家から、借りられそうだった。利子は沢山つく。返せる宛は無い。けど、その時は「殺せばいいや」なんて言う物騒な考えが、平然と僕の頭に浮かんできた。まあ、いいさ。どうせ数日後には、みんな死んでしまうんだし。



 


 決行日の前日。


「さあ、明日はついに決行日だ。爆弾はもう既に時計台に仕掛けてある。夜の十二時、花火が上がるタイミングにセットした」


 仲間たちを集めて、最終確認をする。今日のうちに僕は時計台へと侵入し、バレないように爆弾を三つ仕掛けてきた。

 

「いいかい、君たちは爆発する三十分前くらいから街を囲むんだ。そして、銃を持って暴れ、人々を街の中央に集めるんだ。街はパニックに陥るだろ? そこで時計台がバーン」


 僕はニヤリと笑った。明日が楽しみで仕方がないのだ。


「ルディ、本当にそれでいいのか? ちょっとやりすぎなんじゃ……」

「何を今更言ってるんだい?」


 オリバーの言葉を僕はすかさず遮った。


「みんな、僕と同じ気持ちだろ? 復讐、したいでしょ? のうのうと生きているこの街の人々に、地獄を味合わせたいでしょ?」

「そう……だけどさ……」


 見た限り、数名はこれからのことに不安を覚えているようだった。僕はため息をつく。

 この時点で、僕と彼らには大きな相違があった。僕は死ぬ覚悟でこの計画を立て、実行しようとしている。しかし、彼らは違う。彼らには、死ぬ覚悟は無い。どうにかして、生きようとしている。だから不安なのだ。同じ絶望を味わったはずなのに、どうしてこう違うのか。

 僕は自分の手のひらを見つめた。

 理由は、アダムが死んだからだろうか。いや、多分それだけじゃない。

 きっと僕は、とっくの前からどうかしてるんだ。


「僕たちはもう、戻れないところまできてるんだ。責任なら、僕がとるよ。じゃあ、明日はよろしくね」


 僕は黒いマントを翻し、去っていく。

 ここで誰かが無理やりにでも僕を引き止めてくれたら、未来は変わっていたかもしれない。だけど、今更そんなことを願ったって、仕方がない。





 祭りの夜。

 人々は浮かれている。いつもと違う、非日常。ありとあらゆる場所に装飾が施され、賑わっている。

 この天国のような場所が、もうすぐ地獄へと成り代わる。

 僕は黒いマントに身を包み、フードで顔を隠す。街の中に佇むその姿は、まるで黒い悪魔のようだった。

 銃を手に取った。ずっしりとした重み。これから僕は、人を殺す。

 十二時を告げる鐘がなる三十分前。皆は持ち場につき、銃を構える。そして、悪夢のような夜が始まった。

 僕の手に握られたアサルトライフルは、無差別に人の命を奪っていく。人々をパニックに陥れるためには、連射ができるアサルトライフルのほうが都合がよかった。血が流れ、悲鳴な蔓延る。僕は快楽を覚えた。

 僕たちは街全体を囲うように立っている。だから、街の外へ逃げることは出来ない。元々人々は、花火を見るために時計台の周りに集まっていたため、やりやすかった。

 やがて、警官が僕の前に立ちはだかった。


「おい! お前! どういうつもりだ!」


 警官は僕に銃を構える。


「復讐だよ。ただ、それだけ」


 すると、警官が打った球が、僕の腕をかすめた。僕はすかさず銃を打っ放つ。警官だろうとお構い無しだ。僕は時計台の爆発を見届けるまでは、死ぬ訳にはいかないのだ。

 銃の球が無くなったところで、僕は撤退する。街全体が見渡せるよう、なるべく高い建物の屋根に登る。

 もうすぐ、もうすぐだ。もうすぐこの街は終わる。あの時計の針が十二時を差すとともに。


 あと十秒……


 逃げ惑う人々の叫び声。ああ、いい気味だ。僕たちに手を差し伸べてくれなかった罰だ。こんな世界なんて、消えてしまえばまいい。


 あと五秒……


 アダムの、僕の仲間たちの命を軽く見て、虫けらのように扱ったお前たちへの復讐だ。


 三秒、二秒、一秒……


 そして、街には花火が打ち上がる代わりに大きな爆発音が響き渡った。時計台が砂の城のごとく崩れていく。

 僕はマントを脱ぎ捨て、その様子を眺めた。


「あは……あははは……」


 僕から街への素敵なプレゼントだ。喜んで受け取って欲しい。

 崩れた時計台に、多くの人々が下敷きになる。何とか下敷きを免れても、周囲は僕の仲間が銃を構えている。

 ああ、地獄だ。悪夢のようだ。絶望を味わわせてあげる。


「あはははははははは!」


 僕は空に向かって高笑いをした。

 ああ、もし僕が普通の家庭に産まれていたら。もし親が僕を捨てなかったら。もしオステルマン孤児院が裕福だったら。もし僕が優しい人に出会えていたら。

 全てはもう既に終わったこと。この世界に、思い残したことは無い。

 この復讐に、果たして意味があったのか。ただの自己満足かもしれない。でも、それでよかった。


「あー、一度くらいは、美味しいものを好きなだけ食べてみたかったな……」


 そう呟きながら、僕は屋根の上に仰向けで大の字になった。

 こうして僕は、一夜にして千人もの命を奪ったテロの首謀者になったのであった。


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