元最強勇者と最弱魔王は手を取り合う。

 どうやらドラゴンを倒すには至らなかったらしい。


 トルテの全力を受けたドラゴンは雄叫びをあげながら翼を広げて逃げ去った。また爆音と共に天井がガラガラと崩れ、外の月光が差し込んでくる。




「く……」


 バフ込みの天使の加護が切れたことで、トルテの体を宙に浮かせていた力を失い、彼はそのまま地面に落下した。


 ぶつかる、と、来たる衝撃を身構えて目をつむる。


「ぐっ!!」


 しかし衝撃はあったものの、トルテが想像していたほど強いものではなかった。


「なに……はぁ?」


 恐る恐る目を開いたトルテは、ようやく自分がアリスに受け止められたことを悟る。


「大丈夫か?」


「降ろせ!」


「うおお!暴れんじゃねえよ!」


 慌ててトルテを降ろしたリンヤは、ため息をつく。見ればラズィとガウスも廊下から走ってきていた。トルテは2人とも、一応避難させてくれていたらしい。




「大丈夫か?皆。まあアレイラは大丈夫だろうけどよ……」




 リンヤはニナレーとメルンの方を見やった。




「別にあなたの血がなくても、あのドラゴンは退けられましたよ。それ込みでの勝算のつもりだったのですが……人間の血に、あんな効果があったんですね。まああなたの行動は無意味でしたよ」


「エッ!!」




 しかし冷ややかにメルンに言葉で刺され、リンヤは酷いショックを受ける。それを聴きながらトルテはぼんやりと、先程のことを思い出していた。




(人間の血が、力を増幅させる効果を持っていたなんてね……恐ろしい力だな。これは本当に、誰かに渡る前に殺した方が良いかもしれない。メルスケルト国のためにも。いや、それはダメだな。まだ両手両足を切断して……)




 物騒な考えを持ちかけたところで、トルテはリンヤが自分を見ていることに気がついた。




「何、どうしたの。その顔」


「なにか羽の音がする。害意は感じられねえが、子供たちは隠すか」


「え?」




 リンヤに言われて耳を済ませるトルテだが、彼には何も聞こえない。トルテはいわば今の自分は人間と同然の身体能力であり、さらにリンヤ以下なのだと気付いた。




(くそ……)




 リンヤが子供たちを宥めつつ隠したのを見届けたあと、2人で魔王城の入口に向かう。


「改めてあの少女は、何者なんだろうな」


 音の源に向かいながら、リンヤは隣のトルテに話しかけた。思えば急展開ばかりで、元凶の女について考える余裕がなかった。


「知らない。あんな力があったら、今頃世界なんて掌握出来てるはずなのに」


「まあ……確かになぁ」


 階段をおりて魔王の玄関を見やると、鳥が入口近くのシャンデリアに止まっていた。


 トルテにとって、それは見覚えのある鳩だった。




「あれは?」




 リンヤに問われる。ここで誤魔化してもすぐに見抜かれるだけだと思ったトルテは、素直に話す。




「メルスケルト国の鳩だ」


「なるほどな。鳥は魔力を持たないから、魔力感知で察知されることもないのか」




 聡い鳥だが、隣の魔力を持たない男が魔王だとは認識出来なかったらしい。また本来ならばトルテの仲間以外の人間がいる時は絶対に寄ってこない。しかしそれでも現れたということは、鳥にトルテに手紙を届けることを命じた人物…父親である国王が、何があろうととにかくすぐに渡せと命じたに違いない。余程の緊急事態なのだろう。




(……この男の目の前で、受け取りたく無いけどね……)




 手紙を鳥から受け取り、広げて確認したトルテは絶句した。



「……は……?」




 その手紙には五男も同じ女に力を封印され、そして家の最高位魔法でも解呪出来なかったこと、またその女と戦ってはならない、女に対する警告と注意書きが記されていた。




(つまり家に帰還したとして、解呪出来ない……?)




 さすがに自分ではどうにもならない緊急事態だと理解したのか、難癖を付けることなく素直にリンヤにもその手紙を手渡した。


 リンヤもまさか手渡されるとは思っておらず、トルテの動揺がうかがえた。驚きつつも、トルテから受け取る。




「なるほどな……最高位魔法でも解除出来ない以上、帰還したところでガウスとラズィ、もう1人の黒髪の子だけ回収されて、お前は処分されるのが関の山ってことか」


「……ッ!!何を言って……」


「大体の予想は着く。あんなに家に帰還したがってたのに、解けないって知った瞬間にその動揺だからな。まるで家に対して怯えているようだった。おかしくないか?別に解けなかろうが、信頼出来る実家なら怯えたりなんかしないだろ」




 ずっとメルスケルト国、メルスケルト家の実子として兄弟たちとトップを争ってきた。


 弱者は淘汰されるべきであり、排除されて当然だと思ってきていた。


(この僕が……この僕がっ!)


 だが今はそのさんざん見下してきた奴らと同じ、最下層に落ちたことを自覚する。そして、トルテはすぐにもうひとつの事実に気づく。


「お前……わかっていたのか」


「はあ?」


「僕が家に帰っても、呪いが解呪出来ないことを!!あの態度、全部わかっていたってことでしょ!」


「……。まああの魔法、魔力を持たない俺にですら、発動するとんでもない代物だからな。逆に発動しなかったら、あの女の子にも俺が人間だとバレていたかもな」


 基本的に魔法というものは、魔力を魔力を持つものに作用、起因する。


 掛けられた本人に影響する魔法は、必ず魔力を経由して影響する。


 魔法使いが生成し繰り出した炎の玉はリンヤにもダメージを与えられるが、リンヤの精神や肉体そのものに作用する魔法は効かない。


「今回は魔力を直接封じる魔法だったから良いがそれ以外の魔法……例えば命を奪うだったら、俺も死んでいたけどな」


「……」


「それで、だ…これできちんと話を聞いてくれる気になったか?俺はお前の力が必要で、お前には俺の力が必要なんだよ。この世にいる魔王は俺だけじゃない。他の魔王に友好的な魔王なんているはずもないしな。勇者を恨む奴らと少なくない。絶滅したはずの幻の人間と、力をなくした伝説の勇者……組むには悪くないだろう?」


 差し出されたその手をとる以外、トルテに選択肢はなかった。

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元最強勇者と最弱魔王はのし上がるっ! ももも @mituroazusa

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