天使の裁き
リンヤは、ドラゴンにボコボコにされていた。
「うわー!ぎゃー!」
「わー!!」
リンヤが叩きつけられ投げ飛ばされる度に、ニナレーの悲鳴が上がった。
「やべえ勝てねえ!!逃げろ2人とも!」
(なんだぁ!?明らかに加減されてる……!一体何が目的で……)
その気になればドラゴンは、脆い人間など一撃で潰せる。しかし明らかに弱らせるような攻撃ばかり繰り出すドラゴンに、リンヤは戸惑った。
(くー!こいつ……!俺が人間だと、本能で見抜いたのか……!)
魔力回路を持たない混じりっけのない人間の血肉は、最高純度であり、魔物や魔族にとって凄まじく美味なことを思い出した。
(そういやあいつらにも、よくねだられていたな……)
実際リンヤも、部下たちに請われて渋々何度か血を提供していた。それほどに人間の血というのは、美味らしい。
ボタボタと血がリンヤの足を伝って落ちる。掴んだリンヤを真上に掲げたドラゴンは、落ちてきた血を開いた口で受け止めた。
「一滴余さず食らうってわけか……くそ、食い意地張ってんなぁ、おい……っ」
リンヤはドラゴンの大きな腕に持ち上げられながら、視界の端にきらりと黒い星が光るのを見た。
「んっ!?」
黒い閃光が光ったかと思えば、リンヤを掴んでいたドラゴンの腕に黒い雷が落ちる。
「ぐはっ!」
ドラゴンの腕から解放されて地面に潰れたリンヤの隣に降り立ったのは、トルテに連れていかれたはずの少年メルンだった。
「メルン参上」
「え?なんて?」
涼しい顔でいきなりとぼけるメルンに、リンヤは思わず聞き返す。しかしメルンは何も言わずに、悲しげな横顔で再び黒い雷をドラゴンに放った。
「っとにメルンは……記憶が無いとはいえ、何を考えているかわからないっ……!」
空から別の声が降ってくる。メルンの横にスタンと降り立ったのは、トルテだった。
「わざわざこいつを助けたってことは、ドラゴンを倒せる勝算があるってこと?メルン!」
「はい!!」
「メルンが言うなら、仕方ないな……」
自分の問いかけに力強く頷いたメルンに、トルテは長い溜息を着きドラゴンと相見えた。
記憶が無いのは、子供になってしまったメルンも同じだ。にも関わらず、トルテのメルンへの厚い信頼ぶりにリンヤは驚いた。
トルテは無様に伸びるリンヤを一瞥し、舌打ちする。
「お前を助けるのも、僕にとって有益だからと判断したからだ」
まさか助けられるとは思っておらず、リンヤは愕然とした。しかし状況は直ぐに動き出す。
ドラゴンは咆哮を上げて、メルン達に襲いかかった。
すぐにメルンが先の黒い稲妻を放って、ドラゴンを威嚇する。だがいつメルンの魔力が切れるかも分からない。
(さすがにドラゴン相手にきついな……)
その時空が光ったかと思うと、大量の光の矢がドラゴンに降り注いだ。
「何がっ……?」
トルテは思わぬ援護射撃に目を見開く。後ろを振り返ると、フードを深く被った、アレイラという少女が魔法陣を展開していた。しれっと手助けしてくれたらしい。
トルテは彼女が助けてくれたことよりも、その威力に驚かされた。
(…なに、この女のとんでもない高威力は…?)
確かリンヤに、アレイラと呼ばれていた魔王軍幹部だ。リンヤの腕の中にいた時もやたらと大人しかった印象だが、どうやらあれは魔法を練っていたらしい。
何より彼女の技にトルテは凄まじい違和感と既視感を覚えたものの、彼女の作った隙に乗じてドラゴンに肉薄する。
「これは使いたくなかったけど、仕方ない……!メルンが勝てると言ったからね……」
先程リンヤに聞かれた時は剣も持てないと非力さをアピールしたトルテだが、彼にはまだ武器と秘策があった。手の内を全て敵に明かすわけが無い。
(この一撃に、全てをかける……っ!!)
トルテの頭に、天使の輪が現れる。
天使の加護。それこそ、トルテの隠していた秘策だった。
女神から祝福を受けたその力こそ、メルスケルト家を勇者の家系たらしめる特別な力だ。あの強力な封印を掛けられても、なんとかその力は生きのびていた。
ドラゴンが体制を整える前に、トルテは地面を蹴り高く飛び上がった。そこで彼は、横から飛んできたなにかを受け止めた。
それは真っ赤な液体の入った、注射器だった。
「これは……」
トルテは高く飛びながら、注射器を投げてきた人間を見下ろす。リンヤはボロボロになって倒れ込みながらも、なんとか肩肘をついて上半身を起こしていた。
「俺の血だ!!使え!」
「げええ!なんでそんな気色の悪いものを、僕が飲まないといけないわけ!!」
「んなこと言ってる場合じゃねぇ!今お前がしくじったら、俺らも死ぬんだぞ!!良いから使え!!」
「……っ!その言葉、信じてやる……」
トルテは舌打ちしながら中身を注射する。刹那トルテの頭の天使の輪が、さらに強い光を放った。
「なんだ、この力は……!!」
輪どころかトルテの背中に天使の翼が生え、白髪がきらきらと輝き光を放ち始める。
「これなら、行ける……!!」
トルテは右手を高く掲げる仕草を見せる。何も無いところから光の粒子が集まり、粒子はトルテの手の中で真っ白な剣になった。剣は一気に大量の粒子を吐き出しながら、目もくらむ光を放つ。
猛烈に輝く光の剣を握りしめ、トルテはその腕を一閃させた。
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