ドラゴン襲来

「はあ!?なんで魔王城にドラゴンが……」


驚くトルテの横で、リンヤがあっ、と声を上げる。


「あれは白竜シュドゥール!!あいつはこんなことするやつじゃねえのにどうして……まさか反乱か!?いや、違う……そうか、魔王の配下では無くなったから…制御が効かなくなっちまったのか…!!」

「僕にもわかるように説明しろ!!」

「あー、白竜は悪い奴らに自我を失う呪いを掛けられていたんだが、アレイラがその呪いを無効化していたんだ!それで俺の配下になっていたんだが、その呪いを無効化してくれていたアレイラが子供になっちまったから……つまり!!あのドラゴンは暴走している俺らの敵だってことだ!」

「はあ……!?」


 トルテは絶句する。

 アレイラは先程から何も言わずリンヤの横にくっついている、フードを深く被った少女だろう。


「くそっ、戦うしかないのか!」


 リンヤは焦りながらも戦う素振りを見せる。

 とはいえ全員がろくに力も持たない中で、最強種ドラゴンとの戦闘などあまりにも無謀な話だ。そう判断したトルテの行動は、早かった。


「いいからこの場を乗り切るのを手伝……えー!?」


 泣き叫ぶニナレーを抱えて立ち上がったリンヤは、トルテの方を見て驚愕した。

 リンヤの司会が捉えたのは広間と繋がる廊下を走り、ラズィとガウスを両脇に抱えて、メルンを隣に連れて逃げるトルテの背中だった。


「お前!仲間を見捨てんのかよ!この子はどうすんだ!?ラズィとガウスをどこに連れていくー!」


 叫ぶリンヤを無視し、トルテは3人を連れて廊下を疾走する。


(見捨てるか。あの場で1番助けるべきは人間だがこいつは絶対に暴れるし…今は僕の命だ!!)


 戸惑いながらも必死に着いてくるメルンの手を引いて、リンヤは走り出す。

 だがやはり置いてきたニナレーが気になり、ちらりと後ろを振り返った瞬間、一瞬にしてリンヤたちが、ドラゴンの吐いた淀んだ真っ黒な炎に飲み込まれるのが見えた。


「は……っ」


 躊躇なく逃走していたトルテも、全員が黒炎に飲み込まれたのを目にして思わず立ち止まる。


「…呪いの炎……っ!!」


 ドラゴンが吐く炎にも、ふたつの種類がある。

 元来のような熱さや燃えるようなことは無い炎だが、代わりに呪に特化している。

 最高位種だけあって、その呪いの練度も凄まじい。呪い避けの加護を持った鍛え抜かれた剣士でも、少しでも触れてしまっただけで即座に呪い死ぬほどの最悪の炎だった。

 あれがその場で解呪出来るのは、魔法石という高価な石でとても強化された魔法使いか、現役のニナレーくらいだろう。しかしあの炎に飲まれたのは、子供になった彼らと能力無しの人間だ。


(ニナレー……)


 あの炎に飲まれた以上、間違いなく全員死んだことだろう。数歩下がってたじろいだものの、すぐに気を取り直す。


(まあ仕方ないよね。ニナレーの治癒魔法と人間の生き残りはあまりにも惜しい……けど、こっちも命がかかってるしこんな状況だ!ガウスと、この記憶無しの魔王軍幹部のガキさえ持って帰れば上々だ。この呪いさえ、メルスケルト国で解呪すれば……!!)


 ラズィも幹部だった時は魔王リンヤに深い忠誠を誓っていたが、幸い今の彼は、自分に大いに感心と信頼を寄せている。メルスケルト国の魔法技術であれば、記憶を喪失したままの状態で力と元の肉体を取り戻させることも可能だろう。


(僕にへつらわない者は死ぬべきだ。僕に媚びない者も、全員死なねばならない。僕を裏切ったニナレーにも、この死がふさわしかったということだ)


 2人を抱え直し、ごうごうと燃えさかる黒炎を遠目に見ながらトルテはため息を着く。


「待って。何かがおかしい」


 しかしメルンの手を引きかけたところで、メルンに手を引っ張り返された。


「何言ってるの?早く逃げ……」






「ーーおいおいおいおいぃい!シュドゥール、いきなり元主を殺す気かよテメェエ!」






「……は?」




 そのまま走り出した足が、轟く怒号によって止まった。


 振り返ったトルテの視界が捉えたのは、炎が消え去った後に子供たちを抱えながらドラゴンを痛罵するアリスの姿だった。呪いの炎を受けたにも関わらず、男は全くの無傷だった。呪いにかかった様子も、弱っても無い。




「大丈夫かよお前ら!どこにも炎を食らっていねえな!?」




 リンヤの腕に抱きとめられていたニナレーは、わっと泣き出した。アレイラはどこまでも涼しい表情だったが。




「な、なんで無事なの……!?たかが人間が……いや、魔力回路を持たないと魔毒や呪いを全く受けないのか……!!」




 絶滅したとされる人間に関する知識は、この世界にはほとんど無い。人間に呪いや封印が効かないことも、勇者であるトルテも知らなかった。




(どんな呪いの武器も、古代の神の封印結界も無視出来るってこと……?それどころか、高位魔法を展開しても反動も一切受けない……!)




 ようやく人間の価値の高さが分かり、トルテは息を飲む。見捨てるにはあまりにも惜しい、世界を脅かすほどの力だ。間違いなく、メルスケルト国も欲するだろう。


 しかしそれはリンヤを守り、使う強者がいたらの話だ。いくら呪いが効かない特異体質だとはいえ、彼単体の能力値はほかの種族と天と地ほどの差がある。


 呪いが効かないとはいえ、リンヤがドラゴンに殺られるのは時間の問題だ。やはり逃げるしかないのかと思ったところで、トルテは隣にいた少年が居ないことに気がついた。


「メルン……!?」

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