衝撃の事実
「はっ??」
トルテは初めて素の声を出した。
とんでもないカミングアウトに呆気に取られた表情をうかべる。「人間……」と何度も小さく呟きその言葉の意味を噛み砕いていたが、上手く呑み込めたらしい。人間。それは絶滅したはずの伝説の種族だ。
「……待って。本当に貴様が人間なら、何でその魔王の防具を身につけられたの?人間はこの世で唯一何の魔力も持たない、脆弱な生き物。人間が身につけるにはレベルオーバーだし、重すぎて持ち上がらないどころか鎧の呪いで死ぬでしょ」
「あー。代償とか負荷とかは、全部部下に肩代わりしてもらってたからな。重さも魔法で軽くしてもらったって訳。流石に俺が装備出来るわけないだろ、カモフラージュってやつだ!!」
ドヤ顔を浮かべながら、アリスはトルテに人差し指を突きつける。トルテも乾ききった笑いを講堂に響かせ、冷たく言い放つ。
「はは……いきなりそんなこと言われて信じられるわけないでしょ、人間は絶滅した種族だからね。生きていれば前代未聞だし、もし仮に生きていたのなら、人間を殺せば大罪に問われるんだけど?」
「おー。これが俺が人間である証拠だ」
アリスは懐から一枚の紙を取り出す。それはトルテも何度か目にしたことのある、魔法のかかった契約書だった。
「これが、俺が書いた誓約書だ。もしも仮に俺が倒されても、俺を殺した者は無実とする。人間の俺にも公的に働く正式な公約書だ。この紙が嘘も偽造も出来ない、絶対の効力を持つことはお前も知っているだろ?その上規約を破れば、いかなる強者も罰を受ける」
「それがなに?」
「それを、こうだ!契約を破棄する!」
アリスはそれを、ビリビリに破いた。
「あー!!何をするの!」
「これで俺を殺した奴は、罪に問われる」
「いや、待ってよ……待って……なんでそんなことを……」
頭を抱えて大混乱するトルテに、リンヤはドヤ顔で指を突きつけた。
「そりゃ俺様が人間だからな。本当はバラしたくなかったんだが、こんな緊急事態じゃ仕方がねえしな」
「第1あんたが本当に人間なら、とっくに保護されてるんだけど。わざわざ魔王になる意味なんてどこにも無くないかな」
「それは……色々込み入った事情があってだな…」
アリスはそう言いつつも、本気で困惑するトルテに逆に自分が戸惑った。
(こいつ、あの悪名高いメルスケルト国家の三男なのに何も事情を知らないのか?人間が絶滅したって思っているし。いや、今はそれよりも…)
疑問を飲み込み、冷静にトルテに提案する。
「とにかく事態が事態だ。あんたらは完全に無力化され、俺は優秀な部下を子供にされてただの人間状態だ。今は手を組むのが1番……」
「なに、何が起きているの……?」
「ここ、どこ?」
しかし隣から聞こえた不安げな声に、そこでまた2人は、我に返る。子供になった6人の少年少女は誰も、逃げ出したりはしていない。それでも不安げに視線を漂わせていた。
「どうやら記憶も無くなったみたいだな……あー、ごめんごめん!驚かせたな、大丈夫だ!俺たちが着いているからな、守ってやる!」
アリスは皆を安心させようと、屈んで視線を下げて6人に微笑む。
「は?誰が魔王幹部の奴らまで守るの?貴様が本当になんの力も持たない人間なら、さっさと気絶させて家に引きずっていくだけなんだけど」
「へー。やれるもんならやってみろよなぁ。あ!ちなみに俺の名前はリンヤな!!」
バカにする態度を隠しもしないアリス、もといリンヤに、トルテは怒りながらも口角を上げる。
「……先に貴様を伸して無力化してあげーーがはっ!?」
だが次の瞬間、トルテはリンヤに組み伏せられていた。リンヤの動きは、トルテにとって目にも止まらない速さだった。
「くそっ、何で…!」
「勇者様の筋力強化やらなんやら山積みの加護も全部無くなったってことは、普段から魔力無しで鍛えている俺以下ってことだろ」
「はぁ!?」
「まー、今のあんたは無能力の俺一人にも勝てないクソ雑魚ってことだ」
「だから僕に人間なんて、そんな重大なことを開示したのか……くそっ!離せ!!」
「へいへい」
暴れようとしたトルテを、リンヤはあっさり離す。それは今のトルテなら抵抗しても、すぐに抑えられるというリンヤの自信の表れであり、余計にトルテをイラつかせた。
「あんた、魔王?いや、勇者?」
「……何?」
急に話しかけられたトルテは顔を上げる。
それは少年となった、魔王軍幹部ラズィだった。
「ふーん……封印されてるっぽいけど、ものすごく強いなァ…今は手を組もうや。」
「おい!!しれっと弟子入りしようとするんじゃねぇ、ラズィ!!」
「何、お前?うるさいなぁ……お前さ、俺のなんなの?」
「俺は現魔王、アストリルテ、もといアリス!アリストルテではなち、アストリルテだからな!加えて現役の魔王様だ」
「は?あんたが魔王な訳ないだろ。俺が将来魔王軍幹部なのは納得するけど、お前にだけは仕えないよ。弱すぎる」
「いやそれはよ…その…色々あってだなぁ!!」
「天下の魔王様が、そんなしょぼいことする訳ないじゃん。ただの無力のあんたになんで俺が仕えると思ったんだよ?」
「ぐぐぐっ!!」
そこで不意に裾を引っ張られ、1人の少女がリンヤに抱きついてくる。勇者トルテの仲間の、ニナレーという少女だった。
「お、お兄ちゃん怖い……っ!この人たち、なんなの!?ここ、どこなの!?」
「よしよし。大丈夫だ、俺様が守ってやるからなぁ!」
「はあ!?」
まさかニナレーがリンヤの方に行くとは思わず、トルテは焦る。
「待ってニナレー!そいつは、その男は魔王だ!お前は僕の仲間で、今は呪いによって小さくなっているだけで……僕は勇者だ!」
「嘘!この男の人からは、なんの力も感じないもん……!」
ニナレーはそう叫び、怯えながらトルテを指さした。
「でもあなた!あなた邪龍と契約してるでしょ!私はわかるのよ!!すごく邪悪なものと契約してるって」
「「「!!!」」」
邪龍の名前が出た途端、場は凍りつき静まり返る。邪龍。それはこの世のどんな生物よりも邪悪であり、最悪の権化そのものだった。
「すげえ、邪龍!?……だから俺のカンが働いたのか……やっぱり俺の読みは正しかったんだ!!あんた、最高だよ!!」
「おい感心するなラズィ!!」
「痛え!!何すんだよおっさん!」
ギャーギャーと騒ぐリンヤとラズィを横目に、内心トルテは本気で焦っていた。
(クソ……スキルレベルが足りなくて邪龍と交信出来ない!)
ニナレーが言うにはまだ契約は破棄されていないらしいが、あれだけこまめに情報を交換していた邪龍との交信は完全に途絶えていた。
トルテとしてはリンヤのスキをついて仲間を回収し、何とかして彼の家でもあるメルスケルト国に帰り、後でリンヤ達を捕らえたかったのだが。ニナレーに拒絶され、トルテは必死で思考を馳せる。
双方の間になんとも言えない空気が漂う。ニナレーはリンヤがいなければ、すぐにでも魔王城を飛び出しそうな怯えようだった。何とかならないものかと考えたところで、トルテとリンヤの間に小さな子供が割って入ってくる。
「大体状況は理解した。2人は誰かによって無力化され、俺たちは何らかの力によって子供にされた。…そして俺はその勇者の仲間だったということか」
勇者の仲間である、メルンという名前の、トルテと並んでやたらと顔の良い青年だった。確か魔法剣士だったはずだ。
「この情報の少なさでよくそこまで判断できたな」
「まあ……最初は俺も混乱したけど……そういうことだろうなと思っただけだ」
「敵ながら大したものだな……」
そう言いながらリンヤは、こそこそと逃げようとしていた元魔王軍幹部の少女……アレイラを掴みあげた。
「おい。逃げんなアレイラ」
「…ムッ」
「そんな目で俺を見ても無駄だぞ?あと俺は料理がめちゃくちゃ美味いぞ。毎日美味いもん食い放題だ。血もやる。今のお前は記憶がねぇだろうけどな。記憶がなくなる前は、お前は俺の料理が美味すぎて仲間になってたんだぜ?」
「!!!!」
とたんにアレイラは大人しくなる。本当に子供でもこいつはチョロいな……と内心思った。
「……あと、アレイラ。フードは深く被ってろ。俺はお前の過去も全部知っているからな。そしてあの勇者はメルスケルト家の三男だ。バレないようにしろ」
トルテに勘づかれないようにそっと呟き、リンヤは立ち上がって全員に聞こえるように大きな声で話した。
「ここからどうするか……ぶっちゃけ俺ら全員、こんな有様だ、魔王城の外は魔王である俺たちでさえ危険だ。どうにかして敷地内から出て、人間の町に行った方が良い」
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