第7話 続きは…

 彼は言いました。


「モカのことは、どうするつもり」


 どうすると言われても…。



 そうなんです。

 実は、私…。

 元に、元の人間、山名由梨に戻りました。やはり、ある朝、突然に。

 もう、嬉しくて。今度こそ、モカと入れ替わらないように、ソファも処分し、うたた寝もしないように気を付けています。

 さらに、嬉しいことに、思ったよりも早くマンションが売れたのです。そのお金で私は車の免許を取り、車も買いました。でも、今までのお礼も込めて、名義は哲也さんです。

 今日、二人、いえ、モカと三人でドライブに行き、運転も交代でしました。お陰で、私も運転に自信が付きました。

 モカは初めての車に、最初は戸惑ったようですけど、すぐに窓からの景色の移り変わりに興奮しきりでした。

 そんな楽しいドライブから、帰宅してくつろいでいた時、彼が言ったのです。


「モカのことは、どうするつもり」


 それこそ、どうすると言われても…。


「このまま、ずっと、入れ替わりを続ける訳…。何か、由梨とモカの間には、何か、あるように思えてならないんだけど。それなら、離れた方がのためかなと、思ったりして…」


 そんな…。

 モカは疲れて寝ています。安心して、横たわり、気持ちよさそうに寝ています。モカは、犬に戻ると、人間であった時の事はほとんど覚えてないそうです。


「それは、私もこれからは気を付けるから…」

「気を付けると言っても、現にそうなってしまうじゃない」

「そうだけど。やっぱり、モカと離れたくない」

「それはわかる。わかるけど、由梨は犬になった時って、どんな気持ち」

「それは…。一刻も早く人間に戻りたい。人間の方がいい。やはり、ずっと人間でいたい。だからと言って…」

「だけど、このまま、いや、今後も入れ替わりが続くようなら、由梨にとっても、死活問題じゃないのか。犬になった途端、何もできない。仕事も続けられないし、在宅ワークも出来ない。それに、いつかは周囲にバレるかもしれない。僕だって、この状態にいつまで耐えられることか。いつか、しまうかもしれない」

「……」

「だから、今のうちにモカと離れた方がいいと思う」


 離れるとは、まさか、保健所…。

 保健所などにやりたくないです。いいえ、そんなことは出来ません。


「友達に犬好きの男がいて、実家暮らしで犬を飼ってる。その家は無類の犬好きだから、頼んでみようかと思ってる。そいつのところは外飼いだから、大丈夫な気もする」


 それはどうなのでしょうか。


「その方がいいと思うんだけど…。そいつのとこにモカを預け、もし、そいつが犬になったとしても、彼の場合は親と一緒に住んでるから何とかなるだろ」

「でも、そうなったら、モカが捨てられてしまうかもしれない」

「でも、そうならないかも知れない。さっきも言ったけど、由梨とモカの間だけで起きることかもしれない。僕とモカは一緒に寝たことはないけど、何となく、大丈夫だと思う。おそらく、何かの波長が合うとか、合わないとかじゃないかな」


 彼の言うこともわかります。

 波長が合うので、そうなってしまうのなら、私とモカは一緒に暮らさない方がいいと言うことになります。モカとは離れたくないけど、今後のことを考えれば、それも致し方ない…。


 そうですね。その方がいいのかもしれません。


「考えさせて」

「うん、でも、出来るだけ早めにね。入れ替わってしまわないうちに」


 いくら考えたところで、これ以上、モカと一緒に暮らせないことはわかっています。要は、私の気持ち次第です。先ずは、彼のその友達に会ってみようと思いました。 



 しばらくして、彼の友達と会う日がやってきました。友達の家の近くで会うことになりました。


「久しぶりぃ。ええっ、この犬、柴犬だよね。かわいいぃ」


 やって来た、友達は早速にモカとじゃれ合っています。


「うちの犬。もらったり、拾ったりした犬ばかりだから。それはそれでかわいいけど、やっぱり柴犬はいいなあ。ああ、すみません。あんまりかわいいもんで、挨拶が遅れまして…」

「いいえ、こちらこそ。初めまして」


 と、簡単な自己紹介の後、途中で買って来たペットボトルを差し出し、モカにも水を飲ませました。

 この友達なら、モカを預けても大丈夫と思った私は、別れ際に菓子折りに封筒を添えて手渡しました。


「エサ代です。お願いします」


 友達は、それを黙って受け取りました。モカはすっかりこの友達に気を許しています。そして、私たちは車に乗り込み、私は一度振り返りました。それだけです。


「ちょっと見ないうちに、家が増えたなあ。この辺り、少し前までは何もないところだったんだよ」


 帰り道、彼が言いました。本当です。洒落しゃれた家が立ち並んでいます。


「ちょっと見て。あの大きな家。すごいよ」

「ほんと。あんな家、どんな人が住んでるのかしら」


 坂の上にまるで、お城のような家が建っていました。きっと、あの家にも犬がいることでしょう。犬も色々です…。 




「封筒に10万円も入ってたって、あいつ、びっくりしてたよ」


 帰宅すると、友達から電話がありました。


「犬一匹の世話には、もっとお金が掛かるわ」

「それはそうだけど。せいぜい1万か2万くらいだろうと思ってたって」


 それからは、モカの動画が送られて来るようになりました。


「はーい。お婆ちゃんとモカでーす」


 モカは、お婆ちゃんにかわいがられているようで安心しました。



 余談です。

 私の母と妹の事ですが、パン屋の工場長はSNSをやっています。そこに書いてありました。

 あれから、母と妹は必死で私を探したようです。工場へも何度か足を運び、私が何か言ってなかったか、どこかへ行くとか言ってなかったかと、工場の人たち聞いて回っただけでなく、工場長の家まで押しかけたそうです。


「置手紙を残して、家出するような人が、誰に行先を教えるもんですか。余程、ひどい扱いを受けていたんでしょうね。これ以上は迷惑ですので、お引き取り下さい」


 その後の、母と妹はケンカばかりして、近所の笑いものになり、家はゴミ屋敷寸前だそうです。


 一方の哲也さんの母と姉ですが、コロナが気持ち悪くて、あれから寄り付きもしなかったのですが、それでも、彼が転職したこと、私がマンションを引き払ったことを知り、怒っているそうです。別に、怒ったからと言って、こちらも何もないです。今の住所も転職先も知らないのですから。



 これからは、哲也さんと二人で生きていきます。そして、いつか一軒家かマンションを購入するでしょう。その時には、犬も一緒です。





















































 モカです。

 またも、人間になりました。今度、入れ替わった相手は、由梨ちゃんではなく、お婆ちゃんです。

 由梨ちゃんの時のように、体は軽快には動けませんけど、やっぱり、人間世界は色とりどりできれいです。


「何で、私が犬になっちゃったの…」


 と、お婆ちゃんは嘆いています。


「ごめんなさいね、お婆ちゃん」

「わぁ、私がしゃべっている。自分の顔がいつも目の前にあるって、変な感じ。でも、これから、どうなるの。これからどうすればいいの。ねえぇ」


 と、お婆ちゃんは孫にすり寄って行きます。


「どうしたんだ。モカ。今日はやけに吠えるなあ」


 お婆ちゃんの必死の訴えも、そのが人間に届く筈もなく、さすがに気の毒に思いました。でも、これだけは私にもどうすることも出来ないのです。

 そのことをお婆ちゃんに話すのですが、わかってもらえません。


 お婆ちゃんの日課は、朝は孫と犬の散歩です。私がこの家にやって来てからは、私のリードはお婆ちゃんが握っていました。それが、今は私がリードを持ち、お婆ちゃんを散歩させているのです。

 朝食の後は、迎えに来た車に乗せられ、ディサービスと言うところに行きます。ここで、軽い体操をしたり、ゲームや歌を歌ったりします。これは結構楽しいです。

 帰れば、犬になったお婆ちゃんの相手をし、由梨ちゃんからあれこれ教えてもらった家事を手伝います。

 箸は何とか使えるようになりましたけど、ガス火も包丁も怖いので台所には入りません。でも、それが逆に喜ばれているのです。


「モカちゃんが来てから、お婆ちゃん元気になったわね。洗濯や掃除もやってくれて助かるわ」


 いえいえ、そんなことより、毎日の食事をありがとうございます。人間の食べ物って、ほんと、美味しいですね。


 お婆ちゃんは、相変わらずぶつぶつ言っていますが、私は毎日が楽しいです。お婆ちゃんには悪いけど、出来れば、このままずっと人間でいたい。だから、入れ替わったことは誰にも言いません。仮に言ったとしても、きっと、誰も信じてくれません。

 由梨ちゃんの時は、哲也さんに知ってもらわないと生活出来ませんでしたけど、今は、その時に、由梨ちゃんから、人間の暮らしについて色々教えてもらったことが役に立ってます。そして、私は、お婆ちゃん、いえ、モカを呼びます。


「さあ、モカ。散歩に行きましょ」

「何で、私がモカなのよ。何で、入れ替わったのよ」

「モカ、あんまりうるさく吠えてると、嫌われますよ」


 出来れば、今一度、由梨ちゃんに会いたい。

 このお婆ちゃんの姿でいいから。

 そして、言いたいです。


「由梨ちゃん。モカよ」


 その時の由梨ちゃんの顔…。


 私も、悪い犬ですね。











 でも、何てことでしょう。

 近所の女子高生が、夜の石段から転落したそうです。

 彼女の最後の言葉…。


「お婆ちゃん…」





 ※ 続きは「眠り姫は眠らない」へ、どうぞ。


  えっ、URLは、どこ?どこ…。




 

 







 







 
















 









  


 

 

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