第3話
店長が休憩室から出てこない。
デビルくんぬいぐるみは店長の私物だった。
事態を知って駆けつけた先輩たちは「あぁ……」とか「おぉ……」としか言葉が出ず最後に私に向けて合掌して持ち場に戻った。なぜ馬路満寺スタイル。
まあ御愁傷様って意味なんだろうけど。
「殺される殺される……」
天宮夏歩、打ち首獄門判決。
きっとデビルくんの代わりとして私の首を飾るんだ。
殊勝に謝って苦しい死に方だけは逃してもらおう。
「失礼します」
勇気を出して休憩室に入る。
「おぉ、お前か……」
「て、店長。大丈夫ですか」
店長はげっそりしていた。
頬は痩け、唇は割れ、眼が濁っている。パンチパーマも心なしかカールが弱い。
「ごめんなさい! 店長の大事な私物をあんな風にしてしまって!」
「気にするこたァねーよ……人なんて別れるために出逢ってるようなもんなんだから……」
いつもの語り口にキレがない。
重症だ。
「べ、弁償します。これどこに売ってます? 園内のショップにありますか」
「ああ……十年前の売店にな」
「じゅ、そんな思い入れのある品だったんですね」
再入手は絶望的。
「なあ昔話していいか」
「え、店長死ぬんです? 人生振り返ろうとしてます? ダメです! ふみ留まってください!!」
「死なねェよ。俺じゃなくてコレの思い出話だって」
店長は純白のデビルくんぬいぐるみを抱え語りだした。
「あの日のことは今だってよく覚えてる……」
あの時はまだ下っぱで、やっと調理を任されて浮かれている時期だった。
初めて俺が担当したメニューはお子様ランチ。
とにかくはりきった。
彩り豊かに輝くお子様ランチを一人で完成させた時は涙腺がゆるんだ。
しかし提供先の小学生くらいの少女は料理に目もくれず俯いて泣いていた。
『ひっく、うぐっ』
少女はレストランに入店した時からすでに泣きながら両親の手に引かれてきた。
園内でなにかあったんだなと察した。
「……その泣いた理由がデビルくん着ぐるみだった」
「あの着ぐるみですか。めっちゃ怖いですよね」
真っ黒で恐ろしい形相を浮かべ園内を歩く悪魔。
自分にも同じ経験があるので、その少女に同情する。
「よほど怖かったんだろう。お子様ランチを前にしても涙と鼻水が止まらない。そこで俺はある事を思いついた」
それはお子様ランチの旗にデビルくんの可愛いイラストを描いてやることだった。
『デビルくんは怖い見た目だけど実は優しいイイ奴なんだぜ』
そう言いチキンライスの頂上に描き足した旗をさしてやる。
旗を見て女の子は笑った。
先程までの涙が嘘のように引っ込み少女は笑顔を浮かべお子様ランチを食べた。
「良いお話ですね」
「その件でデビルくんがいかに子供たちから怖がられているか知った。だから少しでも子供たちがデビルくんが好きになるようにあのぬいぐるみを置いたんだ。俺デビルくん好きだし」
わかる。雰囲気とかそっくりだもん。
「店長にそんな過去があったんですね」
……あれ?
「ん? んん……?」
なんでだろうこの話。
初めて聞いた気がしない。
「しかも懐かしさを感じる……」
その反面、最近まで慣れ親しんできたようなデジャヴも感じる。
「あ……」
それに回想で登場した旗のイラストがくっきり頭に浮かぶ。
そうだ新メニュー!
馬路満寺とのコラボで描かれたイラスト。
グレ坊主のインパクトにもってかれて気づかなかったけど、あの絵のタッチと激似しているんだ!
「もしかして」
その女の子って当時の私では?
ていうかその旗、今も家の机の引き出しに入ってる。
「店長それ私です! 十年前、当時八歳でデビルくんの怖さに大泣きしてました!」
「なんだと? お前、あの時の娘だったのか」
「はいっ! ていうかあの時の店員って店長だったんですか!?」
「そうだよなんで覚えてないんだよ! 俺昔からこの外見だぞ」
「そういえばモジャモジャしたのが笑いながら話しかけてきた気がする!」
突然の再会。
いや、お互い記憶の相手だって気づいてなかっただけだけど。
「まさかあの泣き虫が今度は夢を与える側の人間になるなんて、逞しくなったじゃねーか」
ヘッと鼻をかく店長。
「こんな喜ばしいのはデビルくん着ぐるみが園内散歩を再開した時以来だぜ」
「あの着ぐるみまだ活動してるんですか!?」
どこにも見ないからとっくに消されたのだと思ってた。
「だいぶ苦情が来たからな。今はハロウィンイベント中の夜だけ歩くことになっている」
「あんなの夜に見たら子供泣きますよ」
月明かりに鈍く光る漆黒の恐ろしい形相の悪魔。
間違いなくトラウマ確定。
「なんだよ。過去にも言ったがデビルくんはイイ奴なんだぞ。ファンシーランドの住人を裏から守る影の騎士ナイト。闇の城『デビルキャッスル』に在住。これ初期設定な」
「そんな設定あったんだ」
「おお。ここの店名も料理上手な彼が由来だ」
テーマパークあるある。
サブキャラに深い設定入れがち(そして誰にも知られない)。
***
「さーて回想終了。もうすぐ開店時間だ。厨房に戻れ戻れ」
「え、処刑は」
「するか。お前を採用した時点で何かやらかしそうな予感はしてたんだ。予想を越えたが」
「すみません」
「それに天宮が一生懸命働いてるのはわかってるしな」
ニィ……と笑う顔は相変わらず怖い。
私はこの人を勘違いしていた。
乱暴だし怖いが、決して人を否定するようなことは言わない。努力や頑張りはちゃんと認めてくれる。
凶暴な言動で誤解されがちだけど、この人も、先輩たちも情に厚い人たちなんだ。
「ってやっぱ裏社会の組織そのものじゃん!」
「何言ってんだか。それ、無駄口叩いてる暇ねーぞ。客が入口のドアに張りついてる」
「わあ凄い数!!」
「行くぞ」
店長はハンガーに掛けてあった割烹着を羽織ると厨房へ歩いていった。
その後ろ姿はまるで戦場へ向かう歴戦の兵士のようで。
私もその背中を追うように厨房という名の戦場へ向かうのだった。
「今日も生きて帰れるかなぁ」
そんなことを呟きながらも。
本当は新たに追加された非日常も、悪くないと思っている。
レストランのドアが開いた。
厨房のアーミー~義理人情を添えて~ 秋月流弥 @akidukiryuya
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