厨房のアーミー~義理人情を添えて~

秋月流弥

第1話

 今日から私は生きていけるのか。

 もしかしたら選択を間違えたんじゃないか。


「おお、オメエら今日を生ききる覚悟は出来てるだろうな?」


 号令をかけるリーダーの男がその場にいる全員に問いかける。

 その出で立ちは数多の命のやり取りをしてきた猛者の風格。

 猛者の前にはそれに負けない屈強な身体つきの男たちがずらりと横並び。

 その髪型はモヒカンにリーゼント、ツーブロック、その他凶暴な髪型が諸々。

 顔には生傷が勲章のばかりにこさえており、全員がギラギラと見る者を一瞬でひるませる眼光をして立っていた。

 そんな荘厳な連中の横並びの中央に私、天宮あまみや夏歩なつほはいる。

「今日の戦場は今まで以上に荒れる。途中で倒れるような奴はハナからいらねぇ。テメェらは最後までついてこれるか」

 号令をかけるリーダーの生きるか死ぬかの問いに横並びの屈強な男たちは静かに首肯く。

 自分たちは最後まで戦う、と。


「よし、なら話は終わりだ……全員位置につけ」

 皆はそれぞれ仲間たちに死ぬなよ、と目配せをし己の配置場所へ向かっていく。私も歩き出す。

 これからこの場所は戦場になる。

 まさに死闘が始まろうとしていた。

 私は自分の役割を担う位置につく。

 その手にはずっしりと重さを含むライフル……否、水を含んだスポンジ。


 午前十一時三十分、開戦。


「いらっしゃいませエェェェエッ!!」



 まあ厨房の話なんだが。


***


 時は少し遡って二日前。

 七月の下旬、私はバイトの面接を受けに大型遊園地・ファンシーランドを訪れた。

 ここは県内一番の人気テーマパーク。

 他県からの来訪者も多く凄まじい賑わいをみせ、乗り物の待ち時間は平均一時間。

 その名の通り、ファンシーなキャラクターが住み、色とりどりの花や建物が並ぶロマン溢れる王国がコンセプトの遊園地だ。

 小さい頃に両親につれられて遊びに行ったっけ。


 希望は遊園地内にあるレストランの勤務。

 貧乏大学生である私はバイトをして少しでも学費や生活費を浮かせようと勤労に励もうとしていた。

 特に夏休みはフルタイム労働で多く稼げる。

 自転車で片道一時間。

 キツい。真夏のサイクリングを舐めてた。

 汗だくで面接会場の狭い事務所の簡易椅子に座っているとポテポテとゆるい足音が聞こえた。


「いやぁよく来てくれましたね」

 面接のテーブルにやって来たのはダンディーな声のウサギだった。

 ウサギは弾むような足取りでこちらのテーブルまで歩くと椅子をひいてそのまま着席。


「あ、この姿で申し訳ない。私、ファンシーランド園長の袴田はかまたです。そちらはうちでバイト希望の天宮夏歩さんであってるかな」

「あ、はい」

 ウサギは園長だった。

「この暑いなかよく来てくださった。いやぁ着ぐるみも暑い暑い」

「そうですね。炎天下ですもんね」

「ここはクーラーがあって助かります。この姿で園内の草むしりは堪えるものがありますよ」

 ははは、と笑う声はやたらダンディー。

 だったら脱げばいいのでは……せめて、頭だけスッポリと。


 現在遊園地は開店前。ファンシーな着ぐるみの中身を見て絶望する子供の姿もない。

 ウサギは感情のないつぶらな黒い瞳をこちらに向け言う。

「園長たるもの自分自身も夢を与える存在でいないといけないので。ここではファンシーランドの住人ウサポンとして生きてるんです」

「そうですか」

 やっぱり何かのトップに立つ人って変わってるのかな。

 新たな偏見を持ってしまいそうな私に園長は椅子から立ち上がる。

「さて、これで私は席を外します」


「え? 面接はまだですが」

「私はただの園長にずぎない。君はレストラン希望だからね、レストランの店長が君の面接をすることになっているんです。私は挨拶に来ただけ……彼のお出ましのようだ」

 ウサギがミトン状の円い手を差し出す方向には男が一人。


 その男の姿を見て思わずのけぞった。


 どう見てもその道の人にしか見えない。

 歩く歩調はゆったり。しかしそれがかえって貫禄を出している。

 歩いてる彼の背景には某超大作映画の音楽が聞こえてくる。

 ドゥドゥッドゥッドゥドゥン! と。

 かけていたサングラスもそこから覗く鋭利な瞳もむき出しの犬歯も全てこの世に刃向かうように尖っている。


「では私はこれで。頼んだよ」

 ウサギは男の肩を軽く叩くと弾むような足取りで事務所を出ていった。

「……」

 固まる私。


「待たせたなァ。レストラン『デビルキャッスル』の店長の片桐かたぎりだ」


 ニィ……


 まるでか弱い獲物を見つけた時の捕食者が浮かべるような笑みを私に向ける。

「さァ、面接を始めようぜ」

 先程の園長ウサギの軽やかなステップが急に恋しくなった。


***


「俺が聞きたいことはただ一つ。お前、いつから来れる?」

 初対面でお前呼び。戦く。

 それより、

「え……それだけですか?」

 一応履歴書作成なり受け答えの練習なりしてきたのだが。

 いそいそ鞄から出した履歴書を手に持ち呆然とする私を不躾に見ると店長は言う。

「俺は人の過去なんて気にしねェ。どういう奴でどんな人生歩んできたかなんてナリでわかんだよ。それに大事なのは昔の過ちなんかじゃねェ」

 ニヤリ、と笑う。

「今だろ?」

「あはは……」

 完全に言ってるソレがアレの世界の住人なんだが。


 ここファンシーランドだよね?

 ウサポンとか猫のニャンタローとか羊のラムリーヌとか山羊のメェメェが住んでる世界の。

 ウサポンたちが住んでる世界はレストランだけ違う世界観なの?

裏の香り漂うレストランなの!?

 ていうか学歴は別に過ちじゃないし。


「……おいどこにエスケープしてる。いつから働けるんだよ」

「そうですね……大学はもう夏休みに入ってるのでいつでも」

「じゃあ明日からこい」


「え」


 店長は一旦席を外すと数分後にクリーニングのタグが付いたワイシャツとエプロンを二着ずつテーブルの上に放り投げた。

「これ着て明日午前九時出勤な」

「はぁ」


 それだけ言うと椅子を乱暴に足で戻し事務所を出ていった。


「え……? 面接終わり?」

 数分ほど座っていたがそれから事務所には誰も訪れなかった。


 とりあえずわかったこと。

 私は明日から大魔王が統べる悪魔の城で働くらしい。


***


 店長の言いつけ通り午前九時に出勤(自転車通勤頑張った!)し、おそるおそる厨房に伺うように首だけ覗かせる。


 厨房にはすでに何人かがいた。


「おはようございまーす……今日から入りました、天宮です」


『アァ?』


 ギロリ、と鋭い視線が新入りの私に集まる。

 バイト初日でいきなり心が折れそうだった。

 その見た目。

 左からモヒカン、リーゼント、ツーブロック!

 全員が見事に接客業に向いていない髪型をしていた。

 怖さや凄みでいったらパンチパーマの店長に勝るものはないが、それに近い雰囲気の人たち複数に睨まれるのもかなり怖い。

「よ、よろしくお願いします」

 それでも勇気を出して挨拶をする。怖すぎてまともに目が合わせられない。


「……店の開店は十一時半。それまでテーブル、カウンターを水拭き。やれ」

 一番左にいたモヒカンの人が布巾を投げる。

「それと」

 一番右にいたツーブロックが言葉を付け足す。

「新入りはまず洗い場。あと客が帰った後の空いたテーブルを拭く。言っとくが皿はすぐ溜まる。足引っ張んじゃねーぞ」

「が、頑張ります」

「いけ」

 真ん中のリーゼントはそれだけ言った。


 怖い。


 バイト初日の新人にかける言葉じゃない。



 それでもなんとか水拭き作業を終え、深呼吸。

 よくやった私。


「ふう」


「そうそう今のうちに息吸っとけ」

「店長!?」


 いつの間にか店長出現。

 着ている服は汚れひとつない純白の割烹着。

 決して返り血で真っ赤……なんてことはない。(浴びててもこれはなァ、ケチャップだよォとか平気で言いそう)。

 一方私は白いワイシャツに黒いエプロン。他の先輩たちも同じく。

 店長一人だけ和の料亭スタイルである。


「今からが本当の戦いだ。なんせ今日は日曜日。まだ夏休みに入らない連中も今日は休日。娯楽を求めて民衆はファンシーランドにやって来る。そしてパーク内唯一のレストラン、ここデビルキャッスルにウマい飯を食いに来る……オメェら! 集合だ!」


『はい!!』


 店長が号令の合図をかけると早歩きで他の社員たちが集まる。


「おお、オメエら今日を生ききる覚悟は出来てるだろうな?」



 ……。

 …………。


 回想終了。



 そして現在、私は地獄を見ている。


 次から次へと洗っても溜まる洗い物。一枚洗い終えた時には五枚汚れた皿が増えている。


「くっ。カレーがなかなかおちない……!」

「おいなにやってんだ! カレー皿は湯につけといて後でまとめて洗うんだよ!」

「なるほど!」

 洗うものに順序をつけるのか。ていうか最初に教えてよ。


 時間が十二時を回った。


 洗い物が出るスピードはどんどん増していく。


「……」


 黙々と洗う。

 心を無にしてひたすら前の食器の汚れを落としていく。

 だんだんコツは掴めてきた。


「よし! 残り少し!」


「おい、天宮お前テーブルは拭いてきたか?」


 ツーブロック先輩が洗い場に顔を出す。

「え?」

「お前ーッ! 洗い物が出てるってことは客が帰ったってことだろうが! 次の客来るまでに拭かなきゃいけねーだろ!!」


「すすすすみません拭いてきます!」


 そんなこんなで初日終了。


 家に帰ると私は泥のように眠った。


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