二章の一部
何とか遺跡からの脱出を果たしたリュウとアイン。
空は暗く、リュウと一緒に遺跡まで来ていたディガーのキャラバンもすでに引き上げた後だった。
「アンタ、実は人望ないの?」
「むしろ信用されてるからこそ、撤収されてんだよ」
仲間がいるような口ぶりだったリュウに待っていた『誰もいない』という状況を前にアインはリュウの人望を疑うも、リュウはくだらないと吐き捨てる。
もともとリュウのディガーとしての能力は他の追随を許さないほどのレベルであり、また単独行動を好む。それは他に合わせれば満足できないリュウと、リュウについていくことが出来ないギルドメンバーの利害が一致した結果である。
ディガーギルドのメンバーもそれを熟知しており、リュウならば一人で放っておいても勝手に帰ってくるだろう、という信頼があるのだ。
ゆえに、誰もリュウの帰還を待たず、さっさと撤収してしまったわけだ。
「とはいえ、いささか無情じゃないかしらね。移動用の車ぐらいおいていっても良いでしょうに」
「俺の足なら最寄りの町まで、夜明け前にはたどり着ける。そんぐらい、ギルドの連中とはわかりあってんのよ」
実際、リュウの身体能力であれば、輸送車よりは遅くとも比肩しうるぐらいのスピードで走ることが出来る。
それであれば別の輸送車をリュウのためだけに残しておくのは馬鹿らしい話だ。
また、先述の通り、遺跡からの発掘物は大きければ高価で捌けるというわけではない。
リュウがポケットに入れられる程度の極々小さな物品こそが高い希少価値を持ち、鉄人教が買い上げる値段もグンと高くなることもままあるのだ。
リュウもベテランのディガーであることを考えれば、手に余るような発掘品を持ち帰るような愚は犯さないだろうという信頼も窺える。
「……ま、アンタが良いっていうなら良いけど、あたしはどうするの? 歩いて町に向かうなんてイヤよ」
「テメェは口を開けば文句ばかりか? 立派な足がついてんだろうが。テメェで歩け」
「誰の所為でこうなったと思ってんのよ? あたしはずっと眠っていられるはずだったのよ!? それを、無理やり、起こしたのは、誰!?」
「~~ッ! ったく、うるせぇな!」
責任を追及してくるアインに耐えかねて、リュウは彼女の小さな体をぶっきらぼうに担いだ。
「あ、こら! こちとら女の子だぞ! もっと丁重に扱え!」
「うるせぇ。担いでやるんだから文句言ってんな。あんま喋ってると舌噛むからな!」
それはおんぶではなく、お姫様抱っこでもなく、米俵を持ち上げるかのようにアインを肩に担ぎ、リュウはそのまま文句を封殺して町へと走り始めた。
そのうちアインが喋らなくなったのは、本当に舌を噛んでしまったのかもしれない。
****
再び戻ってきたエンリコの町。
リュウが言うように、夜明け前にはたどり着いたのだが……
「おい、アイン。大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶなわけ……ない……でしょ……」
見るからに青い顔をしているアイン。
どうやらリュウの肩に担がれて移動したため、激しい上下運動と腹部圧迫によって死ぬほど酔っぱらってしまったらしい。
「アンタ……もっと、おんなのこのあつかいは……ていねいにしないと……だめだって……」
「わーかったわかった! ちょっと休める場所を探そう。ギルドハウスならゆっくり出来るかもな」
げっそりしつつも文句を言うのはやめないアインに辟易したリュウ。
ギルドハウスに向かい、アインを休ませることにした。
「ほら、水でも飲んで落ち着けよ」
「……礼なんか言わないわよ」
ギルドハウスのロビーに併設されている食堂にて。
いつもは一仕事を終えたディガーたちで賑わっている食堂だが、夜明け前のこの時間では誰一人見当たらなかった。
「もうすぐ受付にも人が来るだろうから、そしたらベッド付きの部屋を借りられるか聞いてみる。それまで辛抱しな」
「……おなか減った」
「お前な……」
食欲があるのは元気の証拠か、と思い、リュウも席を立って厨房に向かう。
現在の文明レベルでは冷蔵庫などは高級品。
ギルドであってもそんなものが常備されているわけもなく、生鮮食品が手に入るような状況でもない。
だが、厨房の床にぽっかり口を開けている階段から地下に降りれば、簡易の倉庫となっており、そこにいくつかの食材が見つけられた。
そこにあるのはギルドの共有財産であり、ギルドメンバーなら好きに使っていいよという善意の品々。
誰かが持ってきた余りの食材、使いきれなくなった食材、一人で食べるにはもったいない珍味などが雑多に置かれており、地下という涼しめの環境である程度の保管が出来る場所である。
ここに置いてあるものは基本的に誰が食べても文句を言われる筋合いはなく、ただしマナーとモラルを守らなければギルドから忠告が飛んできたりする。
かいつまんで言えば、用法用量を守れば誰が食べようと文句を言わない、という暗黙のルールが布かれた保管庫である。
ゆえに、ディガーギルドに所属しているリュウも、ここの食材は好きに使って良いのだ。
「アイン、嫌いなもんとかあるか?」
階段から顔を出し、机に突っ伏しているアインに声をかけると、彼女はまだ青い表情の顔を上げる。
「あー? 人間が食えるもんなら大体平気」
「そんなこと言って、後で文句付けたら承知しねぇからな」
料理を作るときに『なんでもいい』が一番困るとはいうが、リュウにとってはそれだけの言質が取れれば、むしろ適当に作ったものを出しても大義名分がつく、と思えた。
実際、『なんでもいい』で困るのは、何を作ったら良いのか悩んでいる状況であるからで、今のリュウは別に献立に悩んでいるわけではない。
「……そうだな。このディープワンの肉と、エキバハムシなんかが良いかな」
「……ちょっと待ちなさい」
階段の奥から聞こえてきた言葉に、アインが立ち上がる。
「アンタ、今……手に取った食材は、ちゃんと食べられるものなんでしょうね?」
「当たり前だろ。食いモン以外のモンはここにおいてねぇ」
「で、でも今、ディープワンとか、羽虫とか言わなかった?」
「言ったよ。……ンだよ、食べられるもんなら平気っつったのはテメェだろうが」
「食べられるものならねッ!」
嫌な予感を覚えたアインは駆け足で倉庫へと降りてくる。
そこに収められていた『食材』を見て顔を引きつらせるのに、秒もかからなかった。
「こ、これは……」
「美味そうだろ?」
「どこをどうみたら、そんな感想が出てくんのよ!?」
倉庫に収められていたのは、亜人種の部位や巨大な虫、甲殻類の山であった。
アインから見ればそれはもはや生ごみの山でしかない。
「あたしは人間が食えるものって言ったでしょうが! ここにあるのはバラバラ死体の一部と、それに群がる虫の残骸じゃないの!」
「失礼なことを言うな! 亜人食材は高級品だぞ。ディープワンの部位なんかそうそう食べられるもんじゃない。虫だって安定して手に入るタンパク源だ。スキキライしてたら大きくなれないぞ」
「成長なんか望んでねーのよッ! あたしは単にまともな食事でおなかを満たしたいだけなのッ! ゲテモノ料理なんかオーダーしてねーのッ!」
「ゲテモノってお前な……前時代じゃどんなもん食ってたんだよ……」
現世界において、昆虫食はポピュラーな献立である。
そもそも『人間』とは全く別の人種となった新人類、亜人種は味覚や消化器官の構造なども違う上に、昆虫食を常識と思っているため、アインほどの拒否感は抱かない。なんならトカゲの特徴を大きく現しているリュウが虫を食べているのは、至極自然であるとも言えた。
だが前時代の価値観を引き継いでいるアインにとっては、昆虫食はゲテモノである。
虫がそのままの姿をほぼ保って皿に乗せられてきたなら、食欲はものの見事に雲散霧消するだろう。
倉庫のありさまも、食材が安置された場所ではなく、コンポストの中身であると説明された方が納得できる。
「あたしが食べるのは牛、鶏、豚なんかの肉と、魚介類、あとは野菜かしらね。それ以外のモンを出して来たらテーブルごとひっくり返すからね」
「魚はほら、ディープワンの肉が――」
「アンタは同じ新人類の肉を食っても平気なわけ!?」
「それ用に育てられたモンだし、無駄に腐らせるほうがもったいないぜ」
それは新人類なりの価値観であった。
代表的な家畜である牛、鶏、豚、ついでに馬や羊などですら存在しなくなった現代で、それに代替する食材というのが亜人食材である。
それは名の通り、食材用に育成された亜人の肉を食うことになり、アインからしてみればカニバリズムと変わりない。
だが、今の時代で言えばアインの価値観こそがマイノリティに他ならない。
リュウを説き伏せるのもまず不可能だろう。
「……もういい。わかったから、その辺に置いてある野菜を使って、スープでもつくってちょうだい」
「そんなもんで足りるのかよ? やっぱ肉があった方が――」
「うるっさいわねッ! ガタガタ言ってないで、さっさと作って!」
リュウなりの善意であったが、それはもはや嫌がらせでしかなかった。
空腹に煽られたイライラが極限まで高まったアインは、絶叫するように注文を済ませた後、疲れ切ったようにまたテーブルに突っ伏した。
その後、間もなくして受付が開かれ、客室の使用申請をしたところすんなりと通り、リュウとアインはそれぞれ一部屋ずつ借りられることとなった。
「あたしが許可するまで絶対に部屋に入らないこと。あたしが許可するまでアンタは隣の部屋から出ていかないこと。その他もろもろ、あたしの許可なく行動したら世界の果てまで追いかけまわして、その首を切り取って大通りの真ん中で晒し首にしてやるから」
というアインの脅し文句を申し渡されたリュウは、諦めたようにため息をつきながらその命令を受諾した。
横暴な態度のアインではあるが、彼女が目覚めてしまったのは確かにリュウが原因でもあるし、彼女が再び眠りにつきたいと願っているならそれを成就してやる責任がある。
それに何より――
「俺の夢にもつながるかもしれないからな」
そんな独り言をこぼしつつ、リュウはふと、窓の外へと視線を向けた。
町の一等地に建っているギルドハウスは大通りに面しており、窓からは賑やかになっていく街の様子が良く見えたのである。
大通りを眺めると、道の真ん中を大きく開け、両脇に人だかりが出来ていることに気付いた。
「お祭りでもあるんだっけか?」
そんなイベントが催されるような記憶はないが、しかし町の雰囲気はいつもと違う。
気になってしばらく様子を見ていると、ややしばらくして町の入口の方から歓声が聞こえてきた。
見ると、向こうから重厚な車両が複数台、こちらに向かってきているようであった。
「あの紋章……鉄人教の車両なのか」
車両に刻まれた紋章は確かに鉄人教のモノ。
その紋章を刻んだ車両が十数台、隊列を組むようにして町の入口をくぐって来ていた。
アインに言われたことを忘れたふりをして、リュウは部屋の外へ出る。
ギルドハウスの中でも、外の様子が伝播しているようで、食堂ではそわそわしながら様子を窺っているディガー仲間がいた。
「おい、今日は何かあるのか?」
「え? あ、リュウさん! ちーっす!」
「挨拶は良いから、何があるのか教えてくれんか」
リュウに言われ、ディガー仲間の一人が頷く。
「鉄人教の教父が来るんスよ。なんでも、近くに『錆』のアジトを発見したとかで、その討伐のために実行部隊を送り込むとかなんとか」
「錆のアジト……実行部隊……」
物々しい単語に気圧されながら、リュウも得心がいった。
錆というのは鉄人教に対して強く反発している組織の名前である。
組織名も『鉄』に対してのアンチテーゼの意味なのだろう。
加えて、その活動内容もかなり過激なものだ。
鉄人教と見れば容赦なく襲い掛かり、刃傷沙汰を繰り広げる。
そんな危ない集団である錆を検挙するため、鉄人教の本部から実行部隊と、その指揮官として教父が送り込まれたのである。それがあの車両の一団なのだそうな。
娯楽に乏しいこの町では、最新技術が使われた車両を見られるだけでもエンターテイメントに昇華され、そうでなくとも危険思想の集団である錆を取り締まってくれる実行部隊がやって来てくれることは、単純に喜ばしいことであった。
その結果が大通りの騒ぎである。
「なるほどね。教えてくれてありがとうな」
「いえいえ、リュウさんのためならこれぐらいお安いご用っス!」
ディガー仲間の人懐こい笑顔に見送られながら、リュウは部屋へと戻った。
もう一度、部屋の窓から大通りを眺め、パレードのように大通りを優雅に徐行してくる鉄人教の車両集団を眺めながら、ふと考える。
「鉄人教はアインをどう思うんだろうか……?」
鉄人教が求めているのは前時代の先進的な技術である。
遺跡で眠っていた生身の少女を見て、鉄人教はどういう反応をするのだろう?
「……まずアインがまともに応対しないか」
想像するだに、鉄人教に対してもトゲトゲした対応をするアインが幻視され、考えただけでも疲れるような事態になるだろう。
面倒くさい事になるのであれば、アインはこのまま鉄人教には隠したままで『エデン』とやらに送り届けるのが賢そうだ。
そう思い、リュウは徹夜の疲れを取るため、ベッドへともぐりこんだ。
③竜人と鉄人 シトール @shitor
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