書籍化記念おまけSS レニシャとドレス その2


「モリーにひどく叱られてな。いつまで、前々代の聖女のドレスをレニシャに着させておくつもりかと」


「え……?」


 五日前、前々代の聖女のドレスにもやりとした気持ちが湧いたことを見抜かれていたのかと、びくりと肩が震える。と、モリーが憤然と両手を腰に当てた。


「当然でございましょう! レニシャ様は正式な伯爵夫人でいらっしゃるのですから! いつまでも丈の合わぬドレスをお召しになるわけにはまいりません! これからどんどん寒さも厳しくなりますし、仕立てのよいドレスをたっぷりと作られませんと!」


「い、いえっ! ドレスでしたら、いまあるもので十分……」


「そういうわけにはまいりません!」


 モリーが腰に両手を当てたまま、きっぱりと首を横に振る。


「お式を挙げられた後は、ラルスレード領の村々の村長もお祝いに来るでしょうから、レニシャ様には伯爵夫人として、素晴らしい御方だというところをしっかり印象づけていただかなくては! レニシャ様は、前聖女やいままでの聖女様と異なり、伯爵様が認められた唯一の御方なんですから! 何より、伯爵様もレニシャ様のお可愛らしい姿をご覧になりたいですよねっ!?」


 モリーが勢いよくヴェルフレムを振り向く。と、人外の美貌が甘やかな笑みを浮かべた。


「そうだな。俺も、レニシャの新しいドレス姿を見てみたい。……まあ、レニシャは作業着だろうと何だろうと、何を着ていても愛らしいが」


「っ!? ヴ、ヴェルフレム様っ!? なんてことをおっしゃるんですかっ!?」


 あまりに贔屓目ひいきめが過ぎる言葉に、一瞬で顔が熱くなる。鏡を見なくても顔が真っ赤になっているだろうとわかる。


 が、レニシャがこれほど焦っているのに、ゆったりとソファーに座るヴェルフレムは、悠然としたものだ。


「うん? 愛らしいものを愛らしいと言って悪いことなどないだろう?」


「いえあのっ、そもそも……っ!」


 レニシャが愛らしいという認識自体がどうなのかと指摘したいのだが、なんと言えばいいのかわからない。あうあうと言葉にならぬ声を洩らすレニシャに、ヴェルフレムが柔らかな笑みを浮かべる。


「うん。やはり一着はその生地で作ろう。いまの頬を染めたお前と同じ色だからな。可憐なことこのうえない」


「い、一着は、って……っ!? 作るのは一着だけじゃないんですか!?」


 レニシャの驚愕の声に、ヴェルフレムが呆れたように鼻を鳴らす。


「一着だけのわけがないだろう。そうだな。先ほどの橙色の生地もお前によく似合っていたし、そこの青い生地も似合いそうだ」


「お、お待ちくださいっ! いったい、何着作られる気なんですか!?」


 ヴェルフレムが指示した生地を取ろうとするタリーヌを押し留め、ヴェルフレムに問いかける。


「何着と問われても……。お前が望むだけ作る気だが?」


「えぇっ!? あのっ、それでしたら――」


「一着だけでいいというのは認めんぞ」


 まるでレニシャの心を読んだかのように、機先を制して告げられる。


「あ、あぅ……」


「俺が」


 思わず困り果てた呻きを洩らすと、レニシャの言葉を封じるようにヴェルフレムが甘やかな笑みを浮かべる。


「俺が、お前の愛らしい姿を見てみたいのだ。お前さえよければ、俺のわがままにつきあってくれないか?」


「っ!」


 融けてしまいそうに甘い笑顔でそんな風に言われたら、否なんて言えるわけがない。


「あ、ありがとうございます……っ」


 ヴェルフレムの炎が燃え移ったかのように、胸の奥がじんと熱い。


 気を抜くと、嬉しさで涙ぐんでしまいそうだ。


 きゃーっ、と華やかな声を上げたのは、モリーとタリーヌの二人だ。


「では、こちらの桃色の生地とレースは確定として、他はどちらにいたしましょう!?」


「レニシャ様のお好きな色でも作らなくてはね! レニシャ様、お好みの色は何でございましょう!?」


「真紅の御髪おぐしでいらっしゃるヴェルフレム様のお隣に立たれるのでしたら、差し色に赤が欲しいわよね……っ!」


「えっ、あの……」


 盛り上がるモリーとタリーヌについていけず、おずおずと声を洩らすと、優雅にソファーの背もたれに身を預けたヴェルフレムが、穏やかに微笑んだ。


「そう気負うことはない。時間はたっぷりあるんだ。ゆっくりと、お前の好みに合うものを探せばいい」


「は、はい……」


 こくりと頷き、ゆっくりと周りを見回す。色とりどりの布は眺めているだけでも心がはずんでくる。


「本当に、ありがとうございます……っ!」


 何度感謝を述べても足りなくて、はにかんでもう一度深々と頭を下げる。


 ゆっくりと顔を上げると、ヴェルフレムが柔らかなまなざしでレニシャを見つめていた。


「ああ、やはりお前の笑顔を見られる喜びは格別だな。その笑顔を見られるなら、毎日でも、お前にドレスを贈りたくなる」


「な、なんてことをおっしゃるんですか! そんなもったいないことをなさらないでくださいっ!」


 とんでもない言葉に泡を食って言い返すと、ヴェルフレムが楽しげに笑い声を上げた。


「お前の笑顔を見られるのなら、大した出費ではないのだがな」


 とろけるような笑顔に、ぱくんと心臓が跳ね、一瞬で頬が熱くなる。


「で、ですが……っ」


 熱くなった頬をごまかすようになおも抗弁しようとすると、身を乗り出したヴェルフレムが、そっとレニシャの右手を取った。


「すまん。お前を困らせるつもりはない。だが……。どんなことでお前を喜ばせられるのか、どうかこれからもっと、俺に教えてくれ」


 甘やかな微笑みを浮かべたヴェルフレムが、ちゅ、とレニシャの手の甲にくちづけを落とす。


「っ!? ヴ、ヴェルフレム様……っ!」


 ヴェルフレムの熱がレニシャの全身を巡り、燃えるように熱くなる。


 羞恥とそれを上回る幸せに満たされるレニシャには、周りで黄色い声を上げるモリー達の騒ぎすら耳に入らなかった――。



                                おわり


~作者より~


 お読みいただき、ありがとうございます~!(深々)

 本編後の時系列で書くと、やっぱり糖度がたいへんなことに……っ!(笑)

(綾束の場合、いつものことですが)


 レニシャとヴェルフレムがどんなことを乗り越えてこんな二人になるのか!?( *´艸`)

 気になる方はぜひぜひ書籍版でお確かめくださいませ~!(ぺこり)


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