オチを見破る男

御角

オチを見破る男

「ああ、そういうオチね」

 薄暗い室内でスナックをかじりながら、男はつまらなそうにテレビの画面を見つめている。放映されているのは、オムニバス形式の短い物語を詰め込んだドラマ。どんでん返しが多く、ちまたでは人気の特番だった。

 手元のおつまみがなくなった頃、物語はやはり男の想像通りに移り変わり、そして予想通りの着地を見せる。ベタつく口内を洗い流すようにコーラを一気に飲み干し、男は気だるげにテレビの電源を切った。

 この現象は、別にドラマに限ったことではない。映画は勿論もちろんのこと、小説も、ゲームも、ありとあらゆる物語の動きやオチに、男は途中で気がつき、その結末を見るまでもなく悟ってしまうのだ。

「いろんなものを読み漁りすぎて楽しめなくなるってのも、困りものだよなぁ……」

 男は、それこそスナック感覚で親のすねをかじり続けるどうしようもない無職。いわゆる独身ニートである。その有り余る時間全てを娯楽に費やし、無駄に消費したことで得た、を見破る能力。それはある意味、社会のどん底に位置する男に与えられた、唯一の取り柄とも言えるものだった。


「サトルちゃん? ご飯よー!」

 階下から響く母の声に男はもぞもぞと起き上がり、寝巻きがわりのスウェットを身につけたまま、トーストの匂いを辿って食卓へと足を運んだ。

「母さん、仕事は?」

 バターをたっぷり塗りつつそう尋ねると、母は「お前がそれを言うのか」とでも言いたげに一瞬だけ眉をひそめて、それはそれは大きなため息をついた。

「なんか、レジからお金がなくなったらしくてね……。ほら、こういう時パートの立場って弱いでしょ? その時に運悪く私がレジ締めしてたものだから、もう疑われまくって困ってるのよ。おかげでシフトも減っちゃったし、そのうちクビになったりして……」

 そう不安を煽りながら、チラチラと期待の眼差しを息子に向ける母であったが、当の男はというと、目の前の食事に夢中で全く意に介していない様子だった。暖簾のれんに腕押しとはまさにこの事である。母はがっくりと肩を落として、ぬるくなった味噌汁をすすった。


「ねえ、それって、誰がいつ気がついたわけ?」

「え? ええと、確か……店長だったかしら。最近来たばっかりの人で、レジ締めが終わった後に『再確認したら帳尻が合わない』って急に怒鳴り込んできたのよ」

「じゃあ、その人かもね。横領したの」

 母は男の突拍子もない言葉に目を見開いて、しかしすぐに呆れたように首を振った。

「あのね、知りもしないのにそんなデタラメ、言うもんじゃありません! ひねくれてて頭でっかちだからそういう発想になっちゃうのよ。あーあ、結局今日も誰かさんのために仕事仕事っと」

 嫌になっちゃうわよね、と捨て台詞ぜりふを言い残して家を出た母は、その夜、なぜか酷く興奮した様子で慌てて帰ってきた。

 いわく、今朝の男の推理が見事的中していたらしい。これには男自身もたいそう驚いていたが、その出来事をきっかけに、男はまるで先が見えているかのように次々と、現実における未来オチを言い当てることが出来るようになっていた。


 そこからの行動は早かった。男はまず、この才能を活かして金儲けをしようとたくらんだ。

「あなた、将来絶対成功しますよ。会社の社長とか向いてるんじゃないですか? そういう手相、出てます」

 無職ムショク無敵ムテキ。占い師の真似事で小銭を稼ぎ、更に賭け事で一山当て、その全てを将来性のある株式に費やした。腐敗しきった人生が、百八十度ひっくり返った瞬間だった。

「なーんだ、現実ってフィクションと同じくらいチョロかったんだ」

 あっという間に社会の頂点へと登りつめた男は一人、札束の扇でそよ風を吹かせながらタワーマンションの最上階で下卑げびた笑みを浮かべていた。


 しかし、そんな男の成功も長くは続かなかった。いつものように客の相談に乗り、占うフリをしてその未来を予想しようとするが、どうにも調子が悪く、まるで暗雲が立ち込めたように先が見えてこない。そいつのことは諦め、別の太客に照準を合わせるも、やはり同じような結果となってしまう。

 見えるオチは、皆一様に暗く深い闇の中。男は突然のことに首を傾げるばかりだったが、株や賭け事に関しては何の問題もなかったため、「ただインチキ占い師から無職に戻るだけで、金の心配はないだろう」とたかを括っていた。


 今考えれば、あの時こそが人生の分岐点だった。どうして、もっと早くに気がつくことが出来なかったのか。男は競馬場で、使う機会を失った札束を持て余しながら、ただひたすらに空を仰ぎ見る。

 見えなかった。どの馬が勝つか、どの馬券を買うべきか、今の男には皆目かいもく見当もつかない。株価がほぼ全てガタ落ちするのは、これでもかというほどハッキリと見えるのに。

 携帯の画面には、急斜面となったチャートを覆い隠すように、ミサイルの雨を知らせる警報アラートがでかでかと表示されていた。その範囲は、驚くべきことに日本全土。

 もはや逃げ場など存在しない。そんなことは、数多あまたの未来を予想してきた男にとって、火を見るよりも明らかな事実だった。

「……爆発オチなんて、最低ってやつ?」

 散々物語の中で予想してきたはずの結末オチ。今更それに思い当たった自分をあざけり笑うように、空一面が真っ白に熱く光り輝く。今まで稼いできた金も、築き上げた地位さえも……きっと、僅か一秒も経たないうちにちりと化してしまうだろう。


 どうせなら、夢オチだったらよかったのに。頭上に迫る衝撃波を全身で感じつつ、男はすがるように頬を軽くつねって笑った。


 男はこの日、初めて自らの最期オチを見誤った。

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