幕間 竜の恥じらい

 同日、昼休み。

 いつもの如く屋上に足を運んでいた紅音と九十九。

 澄み切った青空の下、シートの敷かれた床に身を置き、二人で仲良く昼食を摂り始める。

「どうしたんです、紅音。二限目から……というか、一限目が終わってからずっと静かですが」

 珍しく親友が大人しくしている。異常な光景だ。

 屋上に着いた時も、いつもの口上に声の張りが無かったし。

 その見慣れぬ姿に気になった九十九は、先程から弁当箱に入ったおかずをちびちびと摘んでいる紅音に訊ねてみた。

「気にしないで……。ちょっと落ち込んでるだけだから……」

「授業中に眠っちゃった事ですか? 別に今に始まった事じゃないでしょう。紅音は常習犯なんですし」

 さり気なく胸に痛く刺さる事を告げる九十九。

「うぐっ……。まあ、それはそうなんだけど……」

 精神的ダメージを負い、声のトーンが徐々に落ちていく紅音。

(居眠りは多分そこまで関係ない。きっと何か他に理由が……)

 珍しく親友が落ち込んでいる。一体何が原因なのか。

 九十九は一旦箸を止め、何が紅音を煩わせているのか考える。

 豊満な胸を支えるように腕を組み、じっと眼を瞑りながら考えに考え、思考を巡らせてみること約十秒。

「そういえば、紅音を起こしたのは黒木さんでしたね」

 ポツリと呟いた一言に、ピクッと紅音が反応する。

「起こしたって事は、紅音が寝ていた事に気付いたって事ですよね」

「コ、コマコマ……?」

 淡々と語り始める九十九に、紅音が待ったを掛けようと……。

「寝ていた事に気付いたって事は、つまり紅音の寝ている姿を見てたって事で。寝ているかどうかを判断するには、寝顔を確認するのが一番な訳で……」

「コマコマ!」

 ……試みたが、激昂する事で、無理矢理九十九の考察を封じた。

「おや? どうかしましたか、紅音?」

 突然叫んできたかと思えば、顔を真っ赤にしてこちらを睨んでくる紅音。

 まさかと思い、九十九は問い掛けてみると。

「もしかして、寝顔を見られたのが恥ずかしいんです?」

「!!」

 紅音が分かりやすく動揺する。

 どうやら当たりらしい。素直な反応に、思わず九十九も吹き出してしまう。

「な、なに笑っているの!」

「いいえ~、ただ可愛いな~と思いまして」

「よ、余計なお世話なんだけど!!」

 湧き上がる恥ずかしさと怒りで、紅音の顔面はリンゴも顔負けな程に真紅に染め上がる。

 このままからかい続けるのも面白いが、そろそろ止めないと二度と口を利いてくれない恐れがあるので、軌道修正に入る。

「いいじゃないですか、寝顔くらい。別に減るモノでもないですし」

「全っ然よくない! あんなみっともない、あられもない姿を、よりにもよって黒木……じゃない、ブラックキャットに見られるなんて……」

「よだれも出ちゃってましたしね」

「ふああああああ……。もーやだぁ……」

 悶えに悶え、紅音は両手で顔を押さえながら、シートからはみ出す勢いでのたうち回った。

 どうやら、気になる人に無防備の象徴ともいえる寝顔を見られたくないという、乙女な部分は確かに存在するらしい。

(紅音とは長い付き合いですが、こんな一面もあったとは……)

 意外な事実に驚愕しつつも、九十九は紅音に落ち着きを取り戻すよう呼び掛けて。

「とりあえず、これを機に居眠りは卒業しましょう。あと、ちゃんと黒木さんにも『起こしてくれてありがとう』って言っておかないとダメですよ」

「うん……。でも大丈夫かな? 私のあんな姿を見て、失望しちゃったりしてないかな……? 『お前みたいなまともに授業も受けれん奴は一生寝てろ!』みたいな感じで、興味を失くしちゃってたら……」

「それは大丈夫だと思いますよ」

 困り果てる紅音の問いに、九十九は即答で返す。

「少なくとも、その程度の事で紅音への興味が失くなる事は無いでしょう」

「……? なんでそう言い切れるの?」

 妙に確信を持ったような答えに、思わず紅音は再び訊いてみる。

 すると、九十九はほんの一瞬、自分達以外誰も居ない筈の屋上のとある地点を。紅音の死角に位置し、微かな気配を感じるその一点を一瞥し、クスッと笑った後。

「さあ? 何ででしょうね」

 白を切るように呟き、そのまま紙パックに刺さったストローを咥えた。

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隣の席の中二病が、俺のことを『闇を生きる者よ』と呼んでくる 海山蒼介/角川スニーカー文庫 @sneaker

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