【特別編】AIは特殊設定ミステリを解決できるか?

 AIに事件を解決させようと躍起になっていた私は、ついついAIの新里述しんりのべるに難事件を押しつけてしまっていたのかもしれない。

 それは少し反省しなければならないことだ。小さな子どもに大統領になれというようなものだ。


 それでも、私は彼の能力を信じている。そして、そのプロセスの中で「メモリ」という機能に出会った。

 AIに与える文章の他に読み込ませておきたい情報を記述しておけるのだ。


 だから、今回のタイトルのようなことが気になったのだ。

 AIは前提となる条件を要する特殊設定ミステリを解決できるのじゃないか、と。


 今回、いつもの刑事たちにはちょっとばかりマルチバースを渡り歩いてもらおう。

 特別編だ。

 といっても、いつもとそんなに変わるわけではない。



≪アルゴー≫は地球近傍に浮かぶ実験施設だ。≪ゴールデン・フリース≫という多国籍企業が極秘に運営している。

≪アルゴー≫のテレポート・ゲートに姿を現したのは、赤池警部補と西山の二人の捜査官だ。

「テレポーテーションはいつまで経っても慣れん」

 苦虫を噛み潰したような顔の赤池に西山は冷ややかな目を向ける。

「原始人以下の適応能力ですね」

「それはいくらなんでも言いすぎじゃないか……。曲がりなりにも君の上司だよ」

「本当に曲りなりですね」

 西山は赤池を一蹴して、テレポート・ゲートユニットに隣接する居住ユニットに移動する。そこには三人のスタッフが待っていた。≪アルゴー≫は小型のステーションで、テレポート・ゲートユニットの他にはこの居住ユニットと制御ユニット、メインとなる実験棟ユニットの四つの区画しかない。ここでは赤池たちを出迎えた三人ともうひとりだけが活動していた。

 三人のスタッフはそれぞれ自己紹介をする。実験責任者の秋永あきながラルル、メディカルスタッフの禰屋子ねやこクライフマン、エンジニアのアラン・スローターフィールドだ。

「被害者は?」

 赤池が尋ねると秋永が「こちらです」と言って、居住ユニットの一角へ二人を先導した。このステーションでは回転による遠心力で疑似重力が発生しているから、全員が地上と同じように床に足をつけて歩くことができる。

 被害者である三峰友未央みつみねゆみおの遺体は自らの居住スペースにあるベッドに静かに横たわっていた。西山はモバイルスキャナーを遺体に向けて照射する。数分後には結果が通達される。

「延髄を刺されたことによる窒息……即死ですね」

 クライフマンが三峰の頭を持ち上げて、後頭部のうなじの辺りを指さした。シリンダーに取り付ける注射針の先端部分が刺さったままになっていて、血液が垂れていた。赤池が尋ねる。

「この注射針は?」

「隔離室の中にもあります」

「遺体発見はどのような状況だったんでしょうか?」

「私たちはここで完全閉鎖状況がもたらす心理効果を三峰さんを被験体に行っていました」秋永が簡潔に説明を始めた。「三峰さんは四週間、実験棟にある隔離室で過ごし、その隔離室の中で亡くなっているのが見つかりました」

 一同は実験棟に向かう。隔離室は完全密閉する隔壁ひとつだけが出入り口で窓も継ぎ目もない構造になっていた。隔離室の中には必要な食料と水、医療品が備えられており、実験期間中は一度も隔壁が開かれていないことはスローターフィールド始め地上のモニタリングチームも確認している。

「つまり、完全な密室だったわけだ。この時代に密室殺人とは……ロックだな」

 西山は赤池を睨みつけてスローターフィールドに訊いた。

「実験なのだから、隔離室の中の様子はモニターしていたのでしょう?」

「ええ。内部は死角なくカメラで監視状況にありました」

 スローターフィールドが指さすところには、いずれも着替え用の衣服から切り取られた布が貼りつけられている。西山は目を細める。

「あれは被害者が?」

「そうです」秋永が返事をした。「突然カメラを塞いだんです。それで、実験を中止して隔離室内へ。その時には彼女はすでに倒れていて、亡くなっていました」

 クライフマンが悲しみと憤りを滲ませていた。

「だから、この実験には賛成できなかったんです」

「彼女に何か問題が?」

「はい」クライフマンは強くうなずいた。「彼女には閉所恐怖があり、この実験が決まってからずっと不安を抱えていたんです」

「その閉所恐怖の解消を目指すための実験だったんです」

 秋永は譲らない。赤池はじっと考え込んでいる。

「隔離室に入る方法は?」

「ありませんよ」スローターフィールドが断言する。「外部とは隔壁以外で接続される部分もありません。その隔壁も常に我々がモニターしていたんです」

「彼女は何かメッセージは残していないんですか? 犯人に関するようなことを」

 赤池が尋ねると、秋永は端末を持ってきた。

「彼女へはこちらから一方的に実験についてのテキストメッセージを送っているだけです」


○最後に送信されたメッセージ


秋永:

4週間よ。よく頑張ったわね。

それから、バイタルの他にあなたの生体情報を正確に計測したいから、寝る時はできるだけベッドで寝てちょうだい。実験が無駄にならないように。


クライフマン:

~A~~~~@BF@AI~|A~II

@@~~Iy@@xAII~@~~~O


スローターフィールド:

ユミオ、体調は大丈夫かい?

室内環境は君の生体情報をもとに自動制御されている。君が指摘したようなことはしてないよ。

実験が終わったら、君の好きな≪リッターズ≫でチーズマカロニパーティーでもしよう。


「クライフマンさんのテキストメッセージはなんですか?」

 西山が目を向ける。クライフマンは不満そうにスローターフィールドを一瞥した。

「メッセージはアランに送信して、彼がひとつにまとめるんです。だけど、ここのシステムのせいで文字化けしちゃうんです。それを彼は確認せずに友未央に送ったんです」

 スローターフィールドは眉間にしわを寄せた。

「だから、それは謝っただろ」

「彼女を落ち着かせようとしてたのに、結局、彼女を救えなかった」

 クライフマンはそう言って涙を浮かべた。

「この『君の指摘』というのは?」

 赤池が質問する。スローターフィールドは即答した。

「彼女がボードに書いた文字をカメラに見せたんです。『勝手に温度を下げたのか?』と。四週間のうちに彼女の認識能力が低下していたんです」


 赤池と西山は三人のスタッフを制御ユニットに集め、ステーション内をくまなく調査したが、やはり、隔離室へは出入りなど不可能のようだった。赤池は困惑したように頭を掻き毟った。

「完全な密室だ。こりゃあ、自殺の線も……」

「赤池さん、これを見て下さい」

 西山はそう言って手のひらに乗るサイズの黒いキューブを二つ赤池にほうった。キューブには、小さな文字で「portable quantum teleporter」と記されていた。西山は静かに口を開いた。

「ひとつは隔離室の中に、もうひとつは……居住ユニットの秋永さんの荷物の中に」

 赤池は手を叩いた。

「密室の謎が解けたぞ! 密室を出入りした方法は


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「密室の謎が解けたぞ! 密室を出入りした方法は、三峰友未央が持っていたポータブル量子テレポーターを使ったんだ。彼女はそれを使って、自分の居住スペースの隔離室にアクセスした」

 秋永は悲しげな表情で首を振って否定した。

「いえ、彼女はあの時、隔離室にいたんですよ?」

「えっ?」

「彼女は隔離室から消えて、すぐに戻ってきたんです。そして、私に向かってこう言ったんです」

 ――私はこれから地上に用事があるから、後はよろしくね。

「じゃあ、どうやって?」

 西山が冷静に答える。

「おそらく、彼女はあらかじめ、自分が地上に行くために隔離室に入っておいたんです。そして、秋永さんが実験棟を出てから、地上へテレポートした」

「待ってくれ。だとしたら、実験棟を出る前に、彼女は隔離室のロックを解除して中に入ったことになる。そんなはずはない!」


※私による記述※


 これは素晴らしい出だしだ! しかも、初回出力でここまでとは。

 これを読んで面食らっている人もいるだろう。それもそのはず、実は新里述にはメモリ機能を使って特殊設定の前提条件をあらかじめ覚えさせておいたのだ。

 その内容は、以下の通りだ。


○メモリ

portable quantum teleporterはポータブル量子テレポーター。

portable quantum teleporterを使うと、密室を出入りできる。

portable quantum teleporterの持ち主は秋永ラルル。

portable quantum teleporterの持ち主は密室を出入りできる。

密室を出入りできる人間が、三峰友未央を殺した犯人だと考えられる。


 そうなのだ。

 少々アンフェアだったかもしれないが、本文を読めばなんとなく受け入れてもらえるんじゃないだろうか。

 赤池たちは≪アルゴー≫へテレポートしてきた。だから、この世界には瞬間移動をする技術が存在していることが分かるだろう。

 そして、「portable quantum teleporter」と、それが置かれた場所……。

 私なりにヒントはばら撒いておいた。そして、新里述はメモリも利用して結論に組み込んだ。

 これは彼の成長を示すような結果だ。

 掴まり立ちをした我が子を見るような心持ちだ。


 だが、ポータブル量子テレポーターの持ち主だったり、なぜか赤池と西山だけの場面に秋永がいたり、推理を始めた赤池がいつの間にか受けに回っていたりするので、そこは少し本文を手入れした方がいいだろう。


 ちなみに共有しておくが、キャラクターブックには、赤池と西山の情報を記述してある。


●キャラクターブック

○西山

[西山:女性。優秀な刑事。西山:善良な人間。]


○赤池

[赤池:男性。警部補。赤池:善良な人間。赤池:西山の上司。]


 それでは、文章を修正して、再度新里述に事件を推理してもらおう。

 今回は特殊設定ではあるが、死ぬほどシンプルだから彼にも事件を解決できるんじゃないだろうか?


 ……シンプルというか、こんな方法で部屋の内外を行き来できるなんて、密室ものとしては最低な部類に入るだろう。

 だが、新里述に事件を解決させるには、最低な密室も提供すべきなのだ。

 分かってくれ、ミステリファンよ。



(前略)※これより前の文章は手を加えていない。


 赤池と西山は三人のスタッフを制御ユニットに集め、ステーション内をくまなく調査したが、やはり、隔離室へは出入りなど不可能のようだった。赤池と西山は隔離室に向かい、事件を整理していた。赤池は困惑したように頭を掻き毟った。

「完全な密室だ。こりゃあ、自殺の線も……」

「赤池さん、これを見て下さい」

 西山はそう言って手のひらに乗るサイズの黒いキューブを二つ赤池に放った。キューブには、小さな文字で「portable quantum teleporter」と記されていた。西山は静かに口を開いた。

「ひとつは隔離室の中にありました。もうひとつは……居住ユニットの秋永さんの荷物の中に。持ち主は秋永さんです」

 赤池は手を叩いた。

「密室の謎が解けたぞ! 密室を出入りした方法は


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「密室の謎が解けたぞ! 密室を出入りした方法は……量子テレポーターだ!」

「それでは、密室殺人ではなく、完全犯罪ですよ」

「何を言うんだ。密室殺人だよ。密室殺人は完全犯罪じゃない」

 赤池は自信満々だった。西山は腕を組んで考え込んだ。

「しかし、なぜ、秋永さんはそんなものを持っていたんでしょう?」

「彼女は犯人を知っているんじゃないでしょうか?」

「犯人を?」

「そうです。犯人は実験棟にいる誰か。秋永さんは、その犯人に殺されたんです」


※私による記述※


 ああ……、また新里述は変なことを言い出した。

 秋永は死んでいない。死んだのは三峰友未央だ。

 ちなみに、念のために書いておくが、本文に振られているルビはAIに読み込ませる段階では排除してある。


 新里述には死んだのが誰か口酸っぱく言っておかないとすぐに別の誰かを殺してしまう。

 メモリに追記しておこう。


○メモリ(追記分のみ)

被害者は三峰友未央。

三峰友未央は殺された。

容疑者は秋永ラルル、禰屋子クライフマン、アラン・スローターフィールドの三人。


 さきほどと同じ、一度修正した文章をもう一度新里述に見てもらおう。


 秋永は死んでいないし、ぶっちゃけて言えば、彼女が犯人であると新里述には言ってほしいのである。


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「密室の謎が解けたぞ! 密室を出入りした方法は、量子テレポーターだ!」

「赤池さん、落ち着いて。まだ、そうと決まったわけじゃない。それに、どうしてそんなものが隔離室に?」

「そりゃ、もちろん、実験のためだ。しかし、そうなると、密室殺人の犯人は……」

「待ってください。そもそも、秋永さんが犯人だとしたら、なぜ彼女は隔離室から脱出できたんです?」

「ああ、それか。確かにそうだな」

「秋永さんが犯人なら、なぜ彼女は部屋から出て、犯行後、また戻って来たんでしょう? そして、どうやってあの部屋に?」


※私による記述※


 新里述は秋永を犯人だと考えているようだ。

 というか、誰が考えてもそうだ。


 それにしても、「密室を出入りした方法がポータブル量子テレポーターだ」と言っておきながら、「隔離室からどうやって出たんだろう?」と考え込むのは一体どういう了見なのだろうか?

 君は十秒くらい前にその答えを口にしているはずだよね。


 ちなみに、全く解説していなかったが、私の中のイメージでは、ポータブル量子テレポーターは二つのキューブを置いた場所同士を繋いでおり、その二点間をテレポートできるというものだ。


 とりあえず、密室は量子テレポーテーションで破れるとして、新里述は犯人の見当もついているようなので、私が用意した展開を見ていこう。



「密室の謎が解けたぞ! 密室を出入りした方法はその『ぽるたぶれ・くあんつむ・てれぽるてー』だ!」

「ポータブル量子テレポーターですね。その頭でよく警部補になれましたね」

 辛辣な言われようだが、赤池はその言葉に背を向けるかのように先を続ける。

「犯人は、隔離室にそいつを置いて密室内外を行き来できるようにしておいた。そして、三峰さんがカメラを覆った隙に隔離室内に侵入し殺害した。そして、すぐに外にテレポートして、隔離室に入ったんだ」

「犯人はどうやって三峰さんがカメラを覆うことを予見できたんでしょうか?」

 西山の質問に赤池が得意げに答える。

「それは君、すでにヒントが提示されているよ。三峰さんは閉所恐怖症で、長期間閉鎖環境に置かれれば、何かしでかすと見られていた。クライフマンさんが実験に反対していたにもかかわらず、実験はスタートしてしまった。犯人の思惑通りにな」

「三峰さんを殺したのは、じゃあ……?」

 赤池は強くうなずいた。

「三峰さんを殺した犯人は



 ここで念のために新里述に誰が三峰友未央を殺したのか訊いてみよう。


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「三峰さんを殺した犯人は、禰屋子クライフマン。君だよ」

 赤池は自信満々に答えた。しかし、西山は首を傾げた。

「本当にそうなのかな?」

 赤池は鼻白んで「何が言いたい?」と訊き返した。

「犯人はなぜ、わざわざ、こんなことをしたんだろう?」

「そんなこと知るかよ」

「赤池さん、犯人は、実験を中止させたかったんですよ」

「どういうことだ?」

「犯人は、実験を中止し、実験に関わったスタッフを全員処分したかったんです」


※私による記述※


 新里述よ。

 なぜここにきて急にクライフマン?

 しかも、「君だよ」ってどういうことだ? 彼女は別の場所にいると書いておいたはずだ。

 それとも、怖い話のオチみたいなことなのだろうか……。

 だとしたら怖い。色んな意味で。


 新里述はこれまでも登場人物をサイコパスにしてきたが、ついにクライフマンを名指しで、皆殺しを計画したサイコキラーに仕立て上げてしまった。


 なんということだ……。



(前略)


「三峰さんを殺した犯人は秋永さんだ。それはその『ほにゃらーたー』が彼女の荷物から見つかったことからも明らかだ」

「ポータブル量子テレポーターですね。赤池さんよりうちの掃除機の方が賢そうです」

 ひどい言われように、赤池は悔しそうな表情すら見せることができなかった。しかし、気を取り直して、先を続ける。

「彼女には三峰さんが精神バランスを崩すことが予見できた。そして、密室を破るための手段も持っていた。彼女が犯人に違いない。彼らのところに行こう!」

 赤池は隔離室を出て行こうとする。



 新里述には、いつも解決の間近で足元をすくわれてきた。

 これでようやく解決できる、と安心しきったところを狙ってくるので、彼には柔道の素質があると思う。

 それにしても、特殊設定によるこのひどい密室の謎自体は新里述は破ってくれた。

 破ってくれたというか、私が記述したことを忠実に守ってくれたというか。


 まあ、いいではないか。

 新里述は密室の謎を解き、犯人はクライフマンと言った。


 その結論自体は間違っていなかったのだから。



「本当にそうでしょうか?」

 西山の声で赤池は立ち止まる。

「どういうことだ?」

「秋永さんがポータブル量子テレポーターで密室を破ることができるのは事実だったかもしれません。ですが、隔離室にテレポートしてきた秋永さんが殺そうと襲ってきたのに三峰さんは身を任せていたというんでしょうか?」

「きっと不意を突かれたんだろう」

「そもそも、秋永さんは三峰さんがカメラを覆うことを予見していたんでしょうか? 秋永さんが予見できたのはせいぜい精神のバランスが崩れて暴れ回ったりすることくらいで、具体的に何をするかは分からなかったはず」

「だが、実際に彼女がカメラを覆ったから殺人の機会が訪れて……」

 西山は鋭い眼光で赤池を見つめ返した。

「彼女がカメラを覆わなければ、密室を破って隔離室に入ったとしても、その姿が記録されてしまい、自分が犯人であることがバレバレになってしまいます。この殺人のキモは、三峰さんがカメラを覆ったというその事実なんです。なぜ彼女はカメラを覆ったのか?」

「たまたまだろ……?」

「いえ。彼女は指示されたんです。『カメラを覆え』と」

「一体誰に? 誰もそんな話してなかったし、そんなことを三峰さんが聞き入れるはずがない」

 西山は自分のコミュニケーターを取り出して、さきほど収めておいた容疑者三人のテキストメッセージを赤池に見せた。

「これがどうしたんだ?」

「ここにカメラを覆うようにと指示が」

「だから、そんなこと書いてないだろ」

 西山はクライフマンのメッセージを指さした。

「彼女はこれを文字化けだと言っていました。これを『Shift_JIS』という文字コードで2進数のバイナリ値に変換しました」

 赤池は分かった振りをしてうなずいた。西山は目敏く目を細める。

「ホントに分かってます?」

「いいから続けなさい」

 赤池が先を促すと、西山は変換した文字列をコミュニケーターの画面上に示した。


~A~~~~@BF@AI~|A~II

@@~~Iy@@xAII~@~~~O


↓Shift_JISで2進数バイナリ変換


01111110 01000001 01111110 01111110 01111110 01111110 01000000 01000010 01000110 01000000 01000001 01001001 01111110 01111100 01000001 01111110 01001001 01001001

01000000 01000000 01111110 01111110 01001001 01111001 01000000 01000000 01111000 01000001 01001001 01001001 01111110 01000000 01111110 01111110 01111110 01001111


※環境によって電話発信のリンクが発生するので、注意が必要。


「なんだ、こりゃあ?」

「『Shift_JIS』では、文字を2進数で表すとこうなるんです。これをバイナリ値といいます。記号ひとつひとつに8桁の2進数の数字が対応しているのが分かりますか」

 赤池の空虚なうなずき。西山はそれを無視して続けた。

「記号一行につき8桁のブロックが18個あります。これを6ブロックごとの3行にしてみましょう」


~A~~~~@BF@AI~|A~II


↓6ブロックごと3行に


01111110 01000001 01111110

01000000 01000010 01000110

01111110 01111100 01000001


01111110 01111110 01111110

01000000 01000001 01001001

01111110 01001001 01001001


※体裁によって表示が崩れないよう、6ブロックごと3行にしたものを左半分と右半分に分けている。

※表示環境によってはズレが生じている可能性がある。


@@~~Iy@@xAII~@~~~O


↓6ブロックごと3行に


01000000 01000000 01111110

01000000 01000000 01111000

01111110 01000000 01111110


01111110 01001001 01111001

01000001 01001001 01001001

01111110 01111110 01001111


「目がチカチカしてきた……」

 赤池が目を擦ると、西山は冷ややかな目で一瞥した。

「それ、もう歳だからですよ」

「君の名前を辞書の『歯にきぬ着せぬ』の項目に追記してもらいたいよ」

 西山は上司の小言を尻目にコミュニケーターの画面を指さした。

「出来上がった文字列の『1』のみを見てみて下さい」


01111110 01000001 01111110

01000000 01000010 01000110

01111110 01111100 01000001


01111110 01111110 01111110

01000000 01000001 01001001

01111110 01001001 01001001


↓1のみを表示


○●●●●●●○

○●○○○○○○

○●●●●●●○


○●○○○○○●

○●○○○○●○

○●●●●●○○


○●●●●●●○

○●○○○●●○

○●○○○○○●


○●●●●●●○

○●○○○○○○

○●●●●●●○


○●●●●●●○

○●○○○○○●

○●○○●○○●


○●●●●●●○

○●○○●○○●

○●○○●○○●


※「0」→「○」、「1」→「●」

※画面表示の都合上、6ブロックごと3行にしたものを左半分と右半分に分け、さらにそれを1ブロック3行ごとにして縦に並べた。


01000000 01000000 01111110

01000000 01000000 01111000

01111110 01000000 01111110


01111110 01001001 01111001

01000001 01001001 01001001

01111110 01111110 01001111


↓1のみを表示


○●○○○○○○

○●○○○○○○

○●●●●●●○


○●○○○○○○

○●○○○○○○

○●○○○○○○


○●●●●●●○

○●●●●○○○

○●●●●●●○


○●●●●●●○

○●○○○○○●

○●●●●●●○


○●○○●○○●

○●○○●○○●

○●●●●●●○


○●●●●○○●

○●○○●○○●

○●○○●●●●


「これは……」赤池はじっと文字列を見つめた。「『CVRCAM』『LIEDWN』……何かの暗号か?」

「『CVR』は『COVER』のことで、『DWN』は『DOWN』のこと。つまり、『COVER CAM(カメラを覆え)』、『LIE DOWN(横たわれ)』と書いてあります」

 赤池は目を丸くした。

「これを見て、三峰さんはそれに従ったというのか……?」

「そう。それで、彼女は殺されてしまったんです」

 赤池は興奮で頬を紅潮させていた。

「いやいや、待て待て! 都合が良すぎる。なんで三峰さんがクライフマンさんのメッセージを盲目的に実行したんだ」

「これは想像でしかありませんが、三峰さんは閉所恐怖症で今回の実験に不安を抱いていました。そして、クライフマンさんも実験に否定的だった。クライフマンさんが三峰さんに『この実験で問題が起きれば、今後実験は中止される』と話をつけていたとしたら?」

「だから、発狂して倒れてしまうようなことも三峰さんは受け入れた?」

「それをクライフマンさんは利用したんです。三峰さんがカメラを覆って横になるのを見計らってみんなと共に隔壁を開け、隔離室の中に入ります。クライフマンさんはメディカルスタッフです。真っ先に三峰さんに駆け寄っても不思議ではない。そして、針をうなじに刺したのです。呼吸中枢が破壊され、三峰さんは声を上げる間もなく即死したんです」

「つまり、クライフマンさんは実験を中止させたいと思っていた三峰さんの考えを利用して彼女を殺した?」

「彼女には実験の継続・中止は興味のないことで、ただ三峰さんを殺すための方法に過ぎなかった。初めから彼女を殺すつもりだったんでしょう」



 なぜ新里述は土壇場でクライフマンを犯人だと指摘したのだろうか?

 しかも、今回は全てが初回出力だった。

 新里述……、ちょっと恐ろしいものがある。


 それに、自分で三峰を殺しておきながら涙を浮かべていたクライフマン。

 その異常性すらも、新里述はつついてみせたのだ。


 今回は彼の活躍に素直に手を叩こうと思う。



「だが、クライフマンさんはなぜ三峰さんを殺そうとしたんだ?」

 西山は両手を広げた。

「これは下世話な妄想だと思って聞いて下さい」

「うん。そういう話は好きだ」

 西山はニヤリとする。

「三峰さんとアランさんのやりとりからは親密なものを感じました。では、クライフマンさんがもしアランさんに想いを寄せていたとしたら……?」

 赤池は深く溜息を吐き出した。

 実験棟の窓から青く光る地球が見える。

「いつまで経っても人間は人間だな」

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AIは事件を解決できるか? 山野エル @shunt13

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