第二話 霧の紛れ ②
放課後、駅までの道のりを辿っていると「ねぇ、高梨、ちょっと待って」と後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには綾芽君がいた。直前まで乗っていただろう自転車を押しながら、私の側へ歩いてくる。
「駅まで一緒に行こうよ。あ、歩くのしんどいなら、後ろ乗る?」
「ふ、二人乗りはダメです! 道交法違反だし・・・・・・その」
そういうことを平然と言ってのける彼には、いつもドキドキさせられる。私が断ることを分かっているのかもしれないけれど、もし断らなかったら、とたまに考える。でも、私にそんな勇気はない。
「あはは、だよね。高梨ならそう言うと思った。じゃあ、ゆっくり歩こっか」
二人並んで歩きだす。見慣れたはずの道なのに、二人で歩く道はなぜだかいつもと違って、ほんの少しだけ景色の発色が鮮やかに見えた。
「高梨は、土曜日のカラオケ行くの?」
「えっと、考え中・・・・・・です。大人数だと予約が必要だろうし、当日急遽行けなくなったりすることを考えると・・・・・・」
「また言ってるー。その時は俺に連絡してくれればいいからさ。上手く松尾に伝えとくし、みんな高梨が体弱いの知ってるから大丈夫だよ。ね、それなら気が楽でしょ? それに、一人減るくらいなら当日でも変更可能だと思うよ」
「あ、ありがとうございます」
「ごめん、ちょっと強引だったかな。無理に誘うのまずいよね」
「ううん、行きたい。悩んでたから、背中を押してもらえて良かったです。えへへ、これじゃあ、宿泊研修の参加を迷ってたときと一緒ですよね。いつまでも変われないなぁ・・・・・・」
「あはは、大丈夫大丈夫。高梨はいつだって頑張ってるよ」
頑張ってるという言葉を聞いて、心臓の辺りがむず痒くなった。頑張れているのか、自信がないけれど、認めてもらえたようで嬉しかった。
「そうだ、俺の連絡先知らないよね。LIeN《リイン》してる? ID交換しよっか」
言われて、慌ててスマホを取り出す。綾芽君に教えてもらったIDを登録すると、画面に『康司郎』という文字と犬のアイコンが表示された。
嬉しくて、嬉しくて、顔のにやつきが抑えられなくて、その顔を見られないように俯きながら、友達追加のボタンをタップした。
「ありがとう。なんだか、綾芽君にはお世話になってばかりです」
「そんなことない。俺のほうが・・・・・・」
綾芽君の言葉が途切れた。続きを待っても一向に紡がれる気配はない。顔を見ると、目を見開くようにしてどこかを見つめている。
「綾芽君?」
名前を呼んでも反応がない。一体、視線の先に何があるのだろうか。一抹の不安を覚えながらも、私は視線を辿る。
そこには、女性らしき人影がいた。綾芽君の知り合いだろうか。路地の奥の暗がりに立ちすくんでいるため、はっきりと顔を見ることはできない。長い髪と服装から、辛うじて女性であろうと認識できた。
こちらに体を向けていて、手首の先だけをヒラヒラと振っているように見える。
「綾芽君、お知り合いですか?」
もう一度声をかけると、彼は突然夢から覚めたような反応をして、口を開いた。
「あ、いや、なんでもない。ちょっと周り道してもいい? コンビニで買いたいものがあるんだけど、なんか奢るよ」
「えっと、大丈夫・・・・・・ですよ」
苦手な人なのだろうか。もしかしたら彼とお付き合いをしている女性で、私といるところを見られるのはまずかったのだろうか。
ぐるぐると憶測が脳内を飛び交うけれど、直接聞くことはできなかった。綾芽君の顔を窺ったとき、普段見せないような険しく翳った表情をしていたから。
あのとき、ちゃんと聞くべきだったのかもしれない。そもそも、聞いたとしても答えてなどくれなかったのかもしれない。
始まりはいつも静かで、それでいて不確かで、訪れたことにさえ私たちは気づかないんだ。
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