第二話 霧の紛れ ①


 体調がすぐれない日が多いけれど、原因は良く分からない。ある病院へ行けば、貧血持ちだと言われ、他の病院へ行けば、自律神経が乱れているのだろうと言われる。その度に薬をもらうけれど、一向に良くなることはなかった。


 それでも、出席日数の関係で進級ができないなんてことは避けたかったから、無理にでも学校へは行くようにした。


 けれど、少しくらいの無理は、楽しさが掻き消してくれる。あれから、竜森さんや秋菜さんとも良く話すようになって、格段に学校が好きになったからだ。


 だからこそ、親やクラスメイトには、具合が悪いことを悟られたくなくて、できるだけなんでもないように笑うことにした。


 笑顔で心を満たせれば、なんだって吹き飛ばせるような気がした。


「あのさ、宿泊研修も再来週に迫ったわけだし、事前にクラスの親睦を深めたほうが良い気がするんだよな。話したことないやつとかいるし」


「いい提案だと思うけど、そんな真面目なこといつも言わないじゃん。遊びたいだけなら、素直にそう言えばいいと思う」


 綾芽君の声が、自然と耳に入ってきた。友達の松尾君と話をしているようだ。


「うん、遊びたい。今週の土曜日にカラオケ大会を開催します! 参加者は俺か綾芽辺りにLIeN《リイン》してくださーい」


 松尾君が大きな声でクラス中に呼びかけている。


 私も行っていいのかな。カラオケなんて、小さい頃に家族と行って以来だった。歌える曲だって数が少ない上に、上手く歌えるか分からないけれど、笑わないでいてくれるだろうか。


「あたし、カラオケで九十点台出せる曲あるんだー。みんなに披露できるなんて、思わなかったー」


 秋菜さんが言う。九十点台がどれ程凄いのかは良く分からなかったけれど、きっと凄いんだと思った。秋菜さんは、普段からふわふわと歌うように喋るから、それが歌の練習になっていたりするんだろうか。


「秋菜、なんか隣のクラスのやつが呼んでるけど」


 トイレから戻ってきた竜森さんが、教室の入り口を指さして言った。視線を移すと、そこには大人しそうな見た目をした男子生徒が立っている。


「はいはーい。ちょっと行ってきまーす」


 そう言って秋菜さんは、緩く巻かれた長い髪を揺らしながら、男子生徒の側へ駆け寄って行く。彼女の後ろ姿を見送った後、竜森さんは大きく溜息を吐いた。


「あの子、あれでモテるんだよね。定期的に違う男子が来ては秋菜を呼ぶんだけど、望みないの分かんないのかな」


「秋菜さんは、好きな人がいるんですか?」


「好きな人っていうか、彼氏だよ。って言っても遠距離らしいし、あんまり会えてないみたいだけどね。高梨はいないの? 気になるやつとかさ」


「気になる人・・・・・・」


 空中に視線を漂わせて、ある人の顔を脳裏に思い浮かべる。


「荒脇先生?」


 クラス担任の先生の名前を出すと、竜森さんは「えっ」と顔を引き攣らせた。


「最近腰をさすっていることが多いので、痛めちゃったのかなって、心配です。湿布などを差し入れした方がいいのかな、でも違ってたら失礼かなって、気になっちゃって」


「びっくりした。なんだ、そういうこと・・・・・・」


 いつの間にか側に来ていたらしい綾芽君が、苦笑いを浮かべて呟いた。


 あれ、私変なことを言っちゃったかな。そう思って首を傾げると、彼は相好を崩して「確かに気になるかも」と言ってくれた。くしゃりと笑うその顔は、人懐っこい犬みたいにあどけなくて、可愛かった。


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