第三話 晴れ間と暗雲の狭間で ①
いつもは気にならない寝癖が、妙に気になるのはどうしてだろう。
髪を部分的に濡らし、ドライヤーをかける。多少はマシになったはずなのに、それでもまだ気になってしまうのは、神経質過ぎなのだろうか。
鏡の自分と睨めっこをしていると、スマホの通知音が鳴った。手に持っていた櫛を洗面台の隅に置いて、スマホの画面を開く。
『高梨、体調どうかな。今日大丈夫そ?』
綾芽君からLIeN《リイン》が届いていた。絵文字のない淡白な文章は、なんとなく男の子を感じさせられる。
今日は待ちに待った土曜日で、松尾君が企画したカラオケ大会に参加する日だった。
なんて返そうか。私も彼に合わせて、淡白な文章のほうが読みやすいだろうか。頭を捻らせながら文字を打ち込んでは消して繰り返し、なんとか文章を作り上げていく。
『大丈夫です! すごく楽しみにしてたから、体も味方してくれているみたいで、嬉しいです』
何度も読み返して、誤字がないか、文章が親しすぎないかなどを確認してから、送信する。
間をおかずに既読が付き、『良かった。高梨が元気みたいで俺も嬉しい! 今日は楽しもうな!』と返事が来た。
文面にエフェクトがかかったように、キラキラと眩しく見える。自分のことじゃないのに綾芽君も一緒に喜んでくれるなんて、なんて良い人なんだろう。毎度のことながら、彼の人の良さには感動を覚えてしまう。
スマホを胸の辺りで抱きしめるように握る。
楽しみだった。学校ではない場所でクラスメイトに会えることが。綾芽君に会えることが。
どんな服装で来るんだろう。どんな歌声で、どんな歌を歌うんだろう。
想像するだけで浮き足立って、弾む心は不思議なほどに軽やかだった。
透き通るような青空のキャンバスに、二本の白い線が伸びていく。飛行機雲がすぐに消える場合は、空が乾燥しているため、晴れ間が続くのだとテレビか何かで言っていた気がする。
腕時計に目をやると、針は十二時二十分を示しており、約束の時間まで四十分もあった。遅刻しないようにと余裕を持って家を出たのだが、随分と早く着いてしまったようだ。
店舗の窓硝子に自分の姿を映して、服装の確認をする。ベージュのケーブルニットに、ブラックのロングスカート。お洒落には縁遠い私にできる、精一杯のコーディネートだった。
「変じゃないかな・・・・・・」
綾芽君が見たらどう思うだろうか。そう考えて、なぜ彼なのだろうと疑問が浮かぶ。今日はどうしてか彼のことばかり考えているような気がする。
彼に可愛いと思われたい。彼に褒めてもらいたい。彼と会うたびに育っていくこの気持ちは、一体なんなのだろう。
「変じゃないよ。心配しなくてもお洒落だと思う」
声が聞こえて、びくっと肩が跳ねる。ぽつりと吐き出した独り言のつもりが、いつの間にか側にいたらしい綾芽君の言葉で、独り言ではなくなった。
まだ慣れないのか、彼の顔を見ると心臓が大きく脈を打ち始めて、どうしたらいいか分からなくなる。
「すみません、聞こえてました?」
「いや、窓硝子をずっと見てるから、気になってるのかなって。いっつも制服しか見られないから、私服姿ってなんか新鮮だよね」
そう言う彼は、紺色のマウンテンパーカーに、白いTシャツ、黒いゆったりめのパンツといった服装をしている。確かに新鮮で、少し大人びて見えた。
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