第三話 晴れ間と暗雲の狭間で ②
「あ、今日はよろしくお願いします」と私が軽くお辞儀をすると、彼も真似をしてお辞儀を返してくれた。
「人のこと言えないですけれど、お早い到着ですね」
「うん、なんとなくね。なんとなく高梨は誰よりも早く来てるんだろうなって思ってさ。予想通りでちょっと笑っちゃったけど」
「遅刻しないようにって思って。遅れたらみんなとの楽しい時間が減っちゃうから・・・・・・それに、待っている時間も、友達と遊ぶからこその特別な時間だと思うんです」
「あはは、それにしても早すぎじゃん。でも、高梨らしいよね。変なとこで真面目で、頑なに前向きなの」
彼が言ってくれた「私らしさ」は、私には良く分からない。それでも、きっと適当なことを言っているわけではなくて、どんな形であれ私のことを気にかけてくれているんだ。そう思うのは、自意識過剰だろうか。
「前向き・・・・・・褒めてくれてます、よね?」
「うん、めちゃめちゃ褒めてる」
綾芽君の言葉は、その一つ一つが温度を持っているのかもしれない。温かい言葉は、私の顔を火照らせた。だけどその温もりは心地が良くて、もっと欲しいと貪欲になっていく。
「そうだとすれば、綾芽君のお陰なんですよ。綾芽君が私のことを気にかけてくれたから、こんな私でもみんなの輪の中に入ることができました。だけど、当たり前の日常が少しずつ変わって、どんどん欲張りになってる気がします」
「楽しいんなら、もっと欲張りになっていいと思うけど」
そう言って綾芽君は、いつもの優しい笑顔を浮かべた。私もつられて笑い返そうとするけれど、その奥に見える寂しそうな影に気付いて、笑うのをやめた。
「綾芽君、何か嫌なことでもあったんです?」
「え、なんで」
私の問いかけに、心底驚いたように目を見開く。
「辛そうな顔をしているように見えました」
「そうかな、楽しいよ。高梨といるの、すごい楽しい」
綾芽君は何かを振り払うように首を横に振った。言葉では明るく振る舞っているが、泣きそうに歪む顔を隠し切れなくなっている。彼もそのことに気付いたのか、自身を嘲るかのように乾いた笑い声を吐き出すも、ほとんど溜息となって地面に落ちた。
「ごめんね、本当になんでもないんだ」
「あの、手を出してもらってもいいですか?」
「え・・・・・・」
綾芽君は首を傾げながらも、何も聞かずに手を差し出してくれた。私が部屋の隅で泣いていたときに、よく母方の祖母がやってくれたおまじないを思い出す。
彼の手の下に左手を添えて、右手で彼の手のひらに円を描くようにして動かしながら、「満ちますように」と願をかける。
あなたの毎日が、幸せに満ちますように。
綾芽君は不思議そうな顔をしていたが、私が手を離すと、力が抜けたように顔を緩ませて「ありがと、なんか元気出た気がする」と言ってくれた。
カクタスを枯らさないように 近藤白緑 @koutoukanakaguro
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